初めて握手した芸能人は真田広之さん
名前の由来は真田広之さんから
堀田真由
「彦根城は、初めてスクリーンデビューさせていただいた「超高速!参勤交代リターンズ」っていう作品で。
初めての映画で。初めてこの彦根城でロケをさせていただいたんです。
感慨深かったです。
まさか初めての作品をこの地元で撮れるとは思ってなくて。
それは、17歳とかですかね、当時。
私が3歳の時ですかね…に、この彦根城登ったんですよ。
映画の撮影で、真田広之さんがこの彦根城にいらしていて。
で、ウチの母が大好きで見に行って。
初めて芸能人の方に握手していただいて。
で、ウチの母は本当に大好きなので。
真由の「真」は真田さんの「真」からきていて。
“堀田真由”の“真由”をこう入れ替えたら、真田になるじゃないですか?間の。
(※堀田⇔真由→堀“真田”由)
そうそうそう(笑)
それもちょっと込めて付けたっていう風に教えてもらったので。
ねえ、いつか何かご縁があってお逢いできるようなことがあれば、すごく親孝行になるんだろうなと思いますし。
たぶんこれ初めて言いました。はい。由来(笑)」
6歳~16歳までやっていたバレエ
大の人見知りだったが、表現の楽しさを知る
長浜の地へ
「地元なんですよ。私は子どものころ、この辺はチャリンコで爆走してましたね、友達と。
お母さんに「アナザースカイまた出るよ」って言ったら、「えっ、スパン早くない?」って驚いてましたね、やっぱ(笑)
前回パリ行かせていただいた時は、なんかこうお仕事の向き合い方が変わった場所だったんですけど。
この滋賀県はやっぱり私がこの仕事を目指すきっかけになったパーソナルな部分がたくさんある場所なので。
色々ここで経験したことが今の感性に繋がってたりとかもする大切な場所なので」
16歳前過ごした滋賀県。表現者としてのルーツ。
滋賀にいた頃は、ある事に情熱を燃やしていた。表現する楽しさを知った。
堀田真由
「えっと、私が6歳から16歳の上京する前まで習っていたバレエ教室です。
私、ここの教室に来るのは、11年ぶりとかに。はい。
私が過ごした青春なので、何かちょっとドキドキはしています。」
バレエを始めたのは6歳。祖母が好きだった宝塚に憧れて。
バレエ教室の恩師「でも、バレエは好きやったよね?」
堀田真由「1番好きで。習い事で1番続いてて」
バレエの恩師「踊る?」
堀田真由「ちょっとやってみよう。いけるんかな?」
(恩師と一緒に踊る堀田さん)
恩師の先生「上手じゃん 上手じゃん。昔より楽しそう。もっと表情なかったもんね。」
堀田真由「いや、もうずっとこういう(下向いて踊ってる)感じ」
恩師の先生「そうそう。目線が下がってる子やったし。そう」
堀田真由「やっとこう開放的に。うん。昔より」
大の人見知り。人と話すのは、苦手だった。
だが、バレエと出会い目覚めた。表現するって、こんなにも楽しかったのか。
バレエで磨かれたメンタルと表現力
表現の道はいばらの道。もちろん、楽しいばかりじゃなかった。
バレエ教室の恩師「昔さ、バスケとかなんかしてたんでしたっけ?」
堀田真由「あ、しました。中学」
バレエ教室の恩師「そう。あの時、熱出て休んで。治ったって言って来て。まだ顔色悪いし、ダメだよって言ったけど来て。
また熱出てっていうのを繰り返してて。
で、治ってないと思うよって言って、最後肺炎になったの覚えてる?」
堀田真由「ああ、ありましたありました!「パリの炎」踊った時に。そうですそうです」
バレエ教室の恩師「最後肺炎になってしまって」
堀田真由「なったけど出ました。そのバリエーションフェスティバルに(笑)」
バレエ教室の恩師「熱があるのに。だから、根性があったよね」
堀田真由「そうですね。負けず嫌いというか」
バレエ教室の恩師①「怒られて泣いた事とか覚えてる?」
バレエ教室の恩師②
「えっとね、最後の発表会の時に結構振りとか音取りが難しくて。
で、真由ちゃんに個人的に教える日があって。
で、その次の時に、言ったこと全部忘れちゃってた。
それで、もうちょっと責任もって欲しいって言ったら、顔真っ赤っかにして、こうやってムーってして。(笑)目うるうるしちゃって。
泣かしてもうたって。」
バレエ教室の恩師①「多分今から考えると、色んなオーディション受けて色々やって忙しい時だったと」
バレエ教室の恩師②「今から思うと、言い訳しなかったなと思って、真由ちゃん」
ブレない、折れない。芯の強さはここで身につけた。
堀田真由
「セリフが無い時の表現っていうのは、すごいバレエをやってた時に培ったものがすごい本当に生きてるなというのは思っていて。
所作だったりとか、目の動きとか、空気の使い方っていうのが、やっぱりなんか…なんかどこか自分の中でずっと息づいてる感じがして」
バレエ教室の恩師①
「クラシックバレエって舞台は華やかなんですけど、稽古本当地味なんですよ。
今日がんばっても明日上手になるわけではないので。
即答えが出るものじゃないんで。
やっぱり、大きくなってから、(バレエやってて)ああ、本当に良かったなって言ってくれる子が多いんで。
やって良かったって言ってくれて嬉しい」
堀田真由。そのまばゆいばかりの輝きは、バレエに捧げた日々の中で磨かれたものだった。
大親友と過ごした高校時代
大親友と過ごした日々が楽しかった
堀田真由「高校は1年間だけこっちに通って、2年生からは上京したので」
中学を卒業すると、長浜・彦根の南、近江八幡の高校に通った。
そこで過ごした1年が、彼女の背中を推し、人生を変えた。
堀田真由
「私は映画「るろうに剣心」がすごく好きで。
で、「るろうに剣心」のロケ地がまさにここでも撮影されていたので。うん。
日本の作品で、こんなにも大作なアクション映画が撮れるんだっていうことに、ちょっとびっくりして。
「ああ、なんかこういう世界も憧れるな~」って思いまして。
ここも青春が詰まっている場所ですね。
どこか肩書が、この“女優”だったり“モデル”っていうものがつきますけど。
肩書も何もない真っ白な状態の堀田真由としての記憶がすごい残っているので。」
学校には1年しか通えなかった。
堀田真由
「私が通っていた高校です。(※学校法人ヴォーリズ学園 近江兄弟社高等学校)
ここで過ごしました。
いつもここ(門の近く)に先生が立っていて、「おはようございます」みたいな。
この学校で出逢った大親友がいるので。
彼女と過ごす毎日が本当に楽しくて。
学校はまあ1年間だけでしたけど、ものすごく想い出に残ってます。
うわ、メッチャ懐かしい(笑)」
担任の先生から見ると普通の女の子
(校舎の中に入ると、当時の担任だった川口先生が立っている)
堀田真由「(笑)え~こんにちは!川口先生。元気ですか?変わらず(笑)」
スタッフ「どんな生徒でした?」
川口先生「ホントに普通の、ね、女の子で。
10月ぐらいにね、念願でオーディションに受かったっていう話を聞いて。
「え、何を言ってるの?」っていうような感じの方だったんですよ」
堀田真由「私はその~一番仲良い菜々ちゃん。
もう2人で行動したりとかしてて」
川口先生「いつも一緒って感じでしたね」
堀田真由「いつも2人で。
ある時先生に「友達ほかにいる?」って言われたのすんごい覚えてます。「大丈夫か?」。
ずっと2人でいたので。」
高校時代の大親友に再会…その出会いは?
高校生活における唯一無二の相方だった。
堀田真由
「私は1年1組で、この教室に通ってました。
(教室をのぞく堀田さん)
アハハハハ(笑)お~なんかすごい(目が潤む)。
(教室をあける)
やっほー。え~。ありがとう。(ハグする堀田さんと菜々さん)
すごい今蘇ってきた(涙で目が潤む)。
うわ~菜々ちゃんです。親友の。ハハハハハ(笑)
うわ~ありがとう」
入学したその日に出逢った。
堀田真由「(席が)前後だったんですよ、入学して。こうやってね(菜々さんが前、その後ろの席に堀田さんが座る)」
菜々さん「座ってて」
堀田真由「先生が来る前とかやったっけ?」
菜々さん「そう。で、みんなでシーンとしてる時間があって」
堀田真由「そう。で、こうやって(私が)トントンってして。
私が「どこの中学校から来たんですか?」って聞いたのが出逢いです。
あと、お手紙とかも交換したよね。
先生がこうやって黒板で後ろ向いた瞬間に、こうやって渡して。」
質問 手紙の内容は?
堀田真由「え、何やったっけ?」
菜々さん「たぶん、“今日のお弁当何入ってるかな~?”とか」(笑)
堀田真由「かわいいな、それ(笑)確かに聞いてたかも」
そんな日も、長くは続かなかった。
高校に入学後、オーディションに合格。上京することになったから。
堀田真由「私はこういう夢があってっていうのは、私菜々ちゃんにだけ言ってて。」
菜々さん「うん。確か廊下あたりで聞いた気がする。」
堀田真由「ロッカーの前で言ったかもしれへん」
菜々さん「そう。ロッカーの前やったと思う。
頑張って欲しいっていう、すごい応援したいっていうような気持ちと。
真由ちゃんが行ったら、また新しい人を探さなきゃいけない。
寂しい。また一人ぼっち」(笑)
堀田真由「東京に向かう日は、駅にお母さんと菜々ちゃんが来てくれて。
2人で東京タワーのポーズをして、写真を撮りました。
今も残ってるよな」
菜々さん「な」
現在でも仲良い2人…電話は予約をしてから
東京の高校に転校し、17歳で俳優デビュー。
2人は異なる道を進むことになったが、東京と滋賀で離れていても親友だった。
堀田真由「あんまり他の人に話すと、珍しいねと言われるんですけど。
電話する前に、予約をするんです。
っていうのもやっぱり環境が違う場所で住んでるので。
なんかしっかりと話せる時間が欲しかったから。
「今日電話してもいい?」とか「何時から予約してもいい?」みたいな。
電話の予約をお互いして。
その後は絶対メッセージで“今日はありがとう”とか。
“私の話をすごいいっぱい聞いてもらったから、じゃあ次は菜々ちゃんの話聞かせてね”とか。
なんかそういうメッセージを送り合って、おやすみみたいな。」
菜々さん「恋人か!!」(笑)
堀田真由「今年デビューから10周年っていうのもあったので、大きなイベントをやったんですけど。
大阪のMCを菜々ちゃんが担当してくださってて(笑)」
菜々さん「真由ちゃんからそのお声をいただいた時に、もう断らない!っていう選択肢がない。
もう絶対受ける。絶対受けたい。一緒にお仕事してみたい!」
堀田真由「プライベートでももちろん仲良くやし。
お仕事でも、自分の大事な瞬間を一緒に彩ってくれる親友です」
親しくとも、互いを尊重してきた。
これからもずっと変わらない。
今後の活動について
自分の知らない自分に出会いたい…番組のMCにも挑戦
ここから、17歳の少女は大空へと羽ばたいた。
堀田真由「もう本当にこれから自分のやりたい事が叶って。
どんなことが待ち受けているんだろうっていう怖さよりも、ワクワクした気持ちの方が、本当に大きかったので。
早い段階から上京して、早く大人になったり、社会人になってるので。
だからこそ、みんなが社会人1年目を迎える23歳までには、ある程度こういうふうな自分でいたいなっていう目標を持って、東京に行きました」
描いたロードマップ通りにことは運んでいるのか?
彼女にしか分からない。
が、目下の快進撃は、想像を超えているようにも思える。
そして、今度は“アナザースカイ新MC”に就任。また新たな挑戦が始まる。
堀田真由「これだけ長い歴史のある愛されている番組に、「MCとしてどうですか?」って言っていただくことは、率直にビックリはしましたが、家族に聞いてみたんですね。
「絶対やってほしい!」っていうふうに言ってくれていて。
答えは自分の中で決まってはいたけれども、家族が喜んでくれるなら、やっぱり全うしたいなっていうふうに。
“自分の知らない自分に出逢いたい”っていうのが、これからの10年で、私は大事にしていきたいことなので。
初めてのMCというお仕事をやってみようかなっていうのがありました」
今度はこの色を何色に染めよう。
挑戦を続ける彼女から、目が離せない。
