【A-Studio+】プロ車いすテニス小田凱人(ときと)さん 偉業達成の原動力&19歳の素顔(2025年10月24日放送)

鶴瓶「世界一位でしょ?」

藤ヶ谷太輔「圧倒的一位じゃないですかね」

負けず嫌いのサッカー少年が、9歳で骨肉腫を発症
手術と9が月の入院を経て、左足の自由を失った
しかし、10歳で出会った車いすテニスの世界に飛び込み、瞬く間にジュニア、そして世界での戦いを制していく

昨年(2024年)のパリパラリンピックでは、初出場で優勝
※2020年(13歳)世界ジュニアマスターズ優勝
2021年(14歳)世界ジュニアランキング1位
2022年(16歳)初の4大大会出場 ベスト4
2023年(17歳)全仏オープン 初優勝
2024年(18歳)パリ パラリンピック優勝

そして、今年(2025年)全米オープンで初優勝
テニスの4大大会とパラリンピックを全て制覇する。
「生涯ゴールデンスラム」を史上最年少で達成する快挙を成し遂げた。

 

若くして目覚ましい活躍

13歳で世界のジュニアマスターズで優勝

鶴瓶「今いくつでした?」

小田「今、19(歳)です」

鶴瓶「19やで。え、一番最初に優勝したっていうのはいくつの時?」

小田
13(歳)ぐらいで、世界のジュニアマスターズっていう大会で優勝して。
14歳で18歳以下のジュニアの世界1になって」

鶴瓶「14で世界一になったんや。ジュニアで」

小田「そうですね」

 

勝てなくても曲げなかったプレースタイル

鶴瓶「いやせやけど、負けたこともあんねやろ?」

小田
「もちろんっす。最初はもうずっと負けてました
なんか自分のプレースタイル的に、なんかこの…勝てるテニスっていうよりも、自分がやりたいテニスっていうのを特に最初の頃は、こう優先しちゃってたっていうか。
こうすれば勝てるのにっていうのがあるんですけど…よりも、思いっきり打ちたいとかいうのが、すごい小っちゃい時からあって
それが最初はやっぱ結果が出なくて。
で、僕のそのスタイルがそこでもしじゃあ、コーチの言うこと聞いて、勝てるテニスになってたら、たぶんここまでの記録までは届いてなかったかもしれないです。
その時、自分の意思をどっちかって言うと貫いて。
負けてもいいからやりたいと思ってやってたのが、結果的に今僕の武器っていうか」

鶴瓶「コーチは腹立ったやろな、絶対」(笑)

小田「(笑)すごい言われました」

鶴瓶「「俺が言うてんのに、お前!」。せやろ?」(笑)

藤ヶ谷太輔「でも、勝利を収めていかないと。「いや、だから言っただろ」って」

小田
「そうですね。もったいないな」ってすごい言われてました。勝ててない時は
せっかく良いもん持ってんのに、何でそういういらんことするんだ」っていうことをずっと言われてて。」

 

高校1年生で意見を尊重してくれるコーチに出会い

藤ヶ谷太輔「そうなるとやっぱ、何かがバチッとハマった瞬間?」

小田
コーチが、ちょうど高校1年生のタイミングで本格的にこの人とっていう、マンツーマンでっていう人が見つかって
その人が結構僕の意見をなんかこう尊重してくれるっていうか。
もうガンガン行きなよって感じのコーチと出会ってからは、こうのびのびやれて。
それがこう…」

鶴瓶「合うたんや。ピタッと」

小田「はい」

(二人三脚で世界と戦った熊田浩也コーチと鶴瓶さんが話している写真が映る。
熊田コーチは2020年から5年間小田さんを支えた

小田「おおっ(笑)!えぇ!ヤバいっすね」

藤ヶ谷太輔「このコーチに出会って変わったんですか?」

小田「そうです。熊田コーチです」

鶴瓶「ええ人やな、この人」

小田「いやもうホントいい人です。
元々ジュニアからテニスはされてて。現役バリバリからコーチになられて。地元が一緒で」

 

現在は弟もテニスを

鶴瓶「今、弟教えてはんねやろ?」

小田「(笑)そうっす。(4歳下の)弟が去年ぐらいからテニス始めて」

鶴瓶「センスええ言うてたよ」

小田「あ、ホントですか?元々サッカーをしてたんですよ。
まあ僕もなんですけど。サッカーしてて。
で、「やめる」って言いだして。で、テニスをやり始めた」

鶴瓶「いや、弟はずっと自分もテニスしたいってずっと思ってたけど、言いにくかったんやて」

小田「あとから聞きましたね、それは」

鶴瓶「聞いた?あそこまで行ったから、テニスって言いにくいから」

小田「まあ、僕がチラッと僕と弟の間で、僕がサッカーを諦めて。お前が頑張れよっていうのはお互いちょっとあったんですよね。
で、親もそういう感じで。モモが行けっていう。モモって言うんすけど、“モモ行け”っていう風に言ってて。
たぶんそれが、本人の中でも結構強かったと思うんです。
それが、たぶん言い出しづらかったみたいなのは後から」

藤ヶ谷太輔「あ、そっか。でも、テニスをやりたいと」

鶴瓶「教えたるの?」

小田「いや、したことないですね。」

鶴瓶「教えたったらええのにってコーチ言うてたよ」

小田「ああ、そうですか。僕みてないんで、全くわからなくて。
なんか家族LINEとかで試合の動画とか送られてくるんで、それ見るみたいな。
弟からたまにでも、あまりにも僕が何も言わないんで、サーブの動画見せられて。
こう「どうしたらいい?」みたいな聞かれて」

鶴瓶「言うたれや!」(笑)

小田「そう聞かれたら、メッチャ教えますね。聞かれたら、すごい「こうこうこうで…」とは言いますね。
なんか僕のツテをつたってテニス選手になりたいなとか思ってたら、そんなんもうやめたほうがいいと思うんで。
僕は何もサポートは特に。
やるなら自分でやって欲しいなって」

鶴瓶「え、弟は車いすじゃないんでしょ?」

小田「あ、普通のテニスです」

 

車いすテニスとの出会い

初めて見た時から「これだ!」という衝撃…始めた理由は国枝慎吾選手

鶴瓶「でもよう車いすに出会うたな」

小田「もう初めて見た時から、「これだ!」っていうのはあって

鶴瓶「あったの?」

小田「いや、ありましたね。最初の衝撃的なものは」

鶴瓶「国枝(慎吾)さん(元プロ車いすテニスプレーヤー)言うてたやん」

小田
「はい。国枝さんがロンドンパラリンピックに出てた時の映像を見て。僕は入院中に。
で、これがいいみたいな。かっこいいみたいな

鶴瓶「国枝さんカッコいいと」

小田
車いすテニス半分、国枝さん半分ぐらいの割合で。
“国枝さんみたいになりたい”が半分ぐらいあったっすね。
でも、もっとたぶんそれが…車いすテニスっていうよりは“国枝さんがじゃあバスケやってました”って言ったら、多分俺バスケやってるかもしれないぐらい…。
それが、たぶんほとんどだったかもしれないっすね、理由としては。」

鶴瓶「あの人いてて良かったやん」

小田「いやホントもう。そっからその僕のテニスへの向き合い方っていうか。
ぶっちゃけ今も変わってなくて。
当時からその僕の戦う舞台がちょっとずつ、海外とかが多くなっただけで。
根本的なところずっと変わってなくて。
ずっと今でも楽しいんすよね、テニスが

 

友人関係

急きょのお泊まり会は激アツ!

藤ヶ谷太輔「やっぱ買い物とかがモチベーション上がります?」

小田「そうですね。気分上がるっすね。どっちかって言うと、休みの日に家にいるっていうよりかは、外出てリフレッシュしたいタイプで」

藤ヶ谷太輔「結構他に何かこうグワーッて気分上がる時ってあるんすか?」

小田「それこそ、ライブ見に行ったりとか」

藤ヶ谷太輔「え~それ以上のやつないんすか?
バーベキューやって、そっから急きょお泊まり会になった時。(笑)
それ抜けてるじゃないですか、それ」

(地元の幼なじみ3人と藤ヶ谷さんがカラオケで一緒に歌ってる写真が映る)

小田「うわ~すごい!え~!!すごい。マジっすか!?カラオケじゃないっすか」

藤ヶ谷太輔「カラオケ行って、神社行って。そのまま流れで急きょお泊まり会。
これ激アツですよね?」

小田「激アツっす。激アツっす(笑)ちょっともう忘れてました、地元の…。
(写真の幼なじみは)もう保育園から一緒と小学校1年生から。
一緒にサッカーしてました、みんな。
え、(地元・愛知県)一宮(市)?」

藤ヶ谷太輔「行かしていただきました」

小田「マジっすか!?え、僕。昨日一緒にいたんすよ」

藤ヶ谷太輔「それ聞いててあんま分かんなかったんですけど。バーベキューとか集まる…」

小田「バーベキュー好きなんですよね」(※友人・丈博さんの実家でいつもBBQを開催)

藤ヶ谷太輔「で、その流れで、「まあ、このままなんかウチ泊まる?」みたいな。
で、「別に俺明日行けるよ」みたいな。「じゃあ、泊まっちゃおうぜ!」が激アツらしいんですよ。(笑)
だから、“バーベキューしてウチ泊まろうぜ”って決めちゃうと、それは激アツじゃないらしいんすよ」

小田「そうですね。なんか泊まろうは先に予定してなくて。
まあ、ワンチャン泊まれたらあるけど言わないみたいな、みんな。(笑)
「泊まらして」はまだ早いなみたいな。
で、ある程度みんなで遊んで、「てか…」みたいな感じで(笑)。
1人が言い出して」

鶴瓶「いや、それは楽しいよな」

藤ヶ谷太輔「そう。なんかすごいそれがいいんすよね」

小田「そうなんですね~」

 

やるかやらないかなら、やるしか取らない…恋愛でも

藤ヶ谷太輔「あと(友人が言ってたのが)やるか やらないか”っていう選択があった場合、もう“やる”しか取らないと。
例えばそれが恋愛でもそうだと。
ちょっとあの子…気になってる子がいると。4人で話すじゃないですか。
なんか3人は、「まあ、もうちょっと待とうか」と。
でも凱人は「いや、いくしかないっしょ」。
だから、そこは全く合わないと」

小田「全く合わないっすね。恋愛の価値観は。
「今DMしちゃえよ」って僕は言うんすけど。
(友人3人は)「いや~…」みたいな」

藤ヶ谷太輔「でもまあ、しないと何も起こんないっすもんね」

小田「(笑)」

鶴瓶「(凱人)ごっつ怖がりながら喋っとる」

小田「怖い、マジで」

藤ヶ谷太輔「いやいや。俺あのエピソードすごい好きだったな~。
それこそ、やっぱり攻めるから。テニスだけじゃなくって、恋愛も。
「ちょっと俺あの気になってる人がいる」と。
明日朝、一緒に登校すると」

小田「うわ~ちょっと待って。まあ、いいや。高校…そうっすね」

藤ヶ谷太輔「大丈夫っすか?」

小田「大丈夫、大丈夫っす。(飲み物を飲む小田さん)ヤバいな」(笑)

藤ヶ谷太輔「でまあ、一緒に登校して。やっぱ気分がもう上がっちゃって。
もうすぐ告白して。(小田「(笑)そうっすね」)
そこでフラれて
その後メッチャ気まずく2人で学校行ったっていう。
だから凱人は、攻めるけど、撃沈してる時もあると。
せめて学校に着くくらいで告白すれば…」

小田「朝は、どう考えても間違ってますよね(笑)。下校…せめて下校ですよね」

藤ヶ谷太輔「夕日の感じがあって。
で、教室入ったら、もうこんなんなってた(落ち込んで顔が死んでた)らしいんですよ」

小田「気まずかったっすね」

鶴瓶「いいよな。青春やで」

 

素を出せる大切な友人たち

藤ヶ谷太輔「そう。青春だし。(今年3月)高校の卒業旅行で、あのグランピングプレゼントしたじゃないですか。あれ、メチャクチャ楽しかったって」

小田「大学行くヤツと、就職するヤツといて。まあ、記念にみたいな感じで。」

(小田さんが卒業記念に3人の友人に贈った4人お揃いの靴の写真が映る)

藤ヶ谷太輔「そうか。この靴プレゼントしたって。そのグランピングの時に」

小田「はい。みんなに。僕履いてたやつをみんなにプレゼントして」

藤ヶ谷太輔「でもなんかすごいステキだなって思いました。
友達もなんだろう…その、“世界で活躍してる凱人”というよりは、やっぱりずーっと幼馴染で一緒にいるから」

小田「いや、ホントそうっす。だから、なんならもうこのメンバーしか素の自分を出せるメンバーはぶっちゃけいなくて。すごいありがたいっす」

藤ヶ谷太輔「だから、「いつでも帰って来れる場所を作っておきたい」とは言ってましたよ」

小田「そんなこと言います?」

藤ヶ谷太輔「言ってました。そう。でも、逆にと言うかね。
「凱人は俺らのことどう思ってんだろう」っていうのは、言ってました」

小田「えー!マジっすか!?いや、もうマジ…メッチャ感謝してます。
地元帰ったらまず一番最初に会う3人みたいな。みんなで行こうよって言って」

藤ヶ谷太輔「で、この流れで、こっから(地元の)神社に行きまして。
ここで語り合うらしいんすけど。
なんかあの、将来の夢とか。
あと、「お前らに出会えてよかったわ」っていう」

小田「あの、(写真の)一番左がそういうことすぐ言うヤツで。もう、すぐ。暗くなって、もうすぐぐらい。
「もう、最高だわ!」みたいな。酒もないのに」(笑)

(神社の横にある公園で藤ヶ谷さんと3人の友人が話している写真が映る)

藤ヶ谷太輔「神社の隣にある公園?」

小田「そうです。ここで、サッカーをずっとしてました」

 

初テニスは公園で

国枝さんと対戦し、全敗…精神力が違う

藤ヶ谷太輔「なんかそれこそね。この公園でテニスしてる写真だっけ?」

(小田さんが車いすでテニスをしているビデオ映像が映る)

小田「あ、これはい。そうっすね」

藤ヶ谷太輔「そう。一番最初にこの公園でテニス…」

小田「初テニスここですね。人生初テニス。テニスコート行く前に。まだ入院中だったと思うんですけど。
もう我慢できずに。
外泊期間の時に、確か…正月か打って」

鶴瓶「そん時は、そんなできないでしょ?そこまでは」

小田「できないです。病院の車いすだし。あの、地面も砂なんで。テニスってテニスじゃないですけども。
もう、打つだけで楽しかったっすね、こん時は」

鶴瓶「だから、国枝(慎吾)さん。あの人とはやったの?」

小田「え~と、4回対戦して。全部負けました(笑)勝てずに」

鶴瓶「向こう引退しはったんや?」

小田「「引退するわ」って言われて。電話がきて。「えーっ!」つって(笑)。勝てずに終わっちゃいましたね」

藤ヶ谷太輔「やっぱメチャメチャ強かったですか?」

小田「いや、メチャクチャ強いっす。今でもメチャクチャ強いですね」

鶴瓶「(熊田)コーチも言うてたもん。技術はやっぱり凱人はできたけど。
もう、ここ(心)がもう。ここ(心・精神)が違うっていうのよ」

小田「メンタルなんかやっぱ。試合してても持ってかれちゃうんですよね。
自分の土俵で戦うのが難しいっていうか。
空気的になんか全部持ってかれちゃう」

鶴瓶「人間的にも素敵な人やからな。
でも気持ちええやろうな。そんなのもう4大大会とった瞬間って」

小田「なんかグランドスラムって、そのなんか大会に優勝するためにテニスを始めたわけではなくて、ぶっちゃけ。
やっぱ、もちろん必要だよねみたいな。優勝とかタイトル、世界ランキング1位とかはなりたいなっていうのはあったんですけど。
それがゴールかって言われたら、そうじゃなくて。
どっちかって言うと、まあなんか常にメッセージを発信したりとか。
勝って終わりじゃなくて、勝ってさらにもう一つ自分がなにか持てるか」

藤ヶ谷太輔「でも、やっぱ、プレッシャーとかは?」

小田
「ないんすよね、あんまり、なんか…。
すごいあるでしょ?みたいな感じで言われるし。
19(歳)で一旦全部制覇しちゃったら、じゃあどうすんの?っていう」

鶴瓶
「全部制覇したんやで。ちょっと抑えといたらよかったのに。ためといたら。
やっぱだから、一つなんかプレッシャーっていうか、ダメじゃないかと思うものがあったら、強なるんちゃうの?」

小田
「僕はなんかそこは、たぶん病気をした経験がたぶん、うまくなんか自分の勝負に挑むってことに、プラスにたぶんなってるって…普通のテニス選手だったら、このマインドは持ててないだろうなっていうのは」

 

車いすテニスを広めたい

藤ヶ谷太輔「やっぱなんかすごくこの勝ちにこだわってる?それをものすごいカッコイイって言ってたお2人がいて。」

(お気に入りのオーダースーツ店「Wisdom Tool」のスタッフ村上さんと高橋さんの写真が映る)

小田「お~すごい。会いに行かれたんですね。いや~すごっ。
普段スーツを作ってもらっている。オーダーを毎回させてもらってて」

藤ヶ谷太輔「会見の時とかにね、着られたりとか。
お2人が言ってたけど、もちろんファッションが好きとかそういうことはもちろんだけど。車いすテニスをもっと広めていきたい思い。
もっとこう一般的にしていきたいという。やっぱその思いはありますか?」

小田「いやもう、今の一番のモチベーションかもしれないですね。うん」

鶴瓶「いやいやそれは、もうだいぶ有名になったんやから。
(CMで)「僕の名前は小田凱人」」(笑)

藤ヶ谷太輔「だから、それももう出会った日にご飯行ったって」

小田「そうです。その後も何回も連れて行っていただいて」

藤ヶ谷太輔「ホントとにかく真っ直ぐで純粋で、ちょっと生意気なところがいいと(笑)
でね。それアツい話もするけど。恋愛の話もしたりしてるらしいんですけど」

小田「はい…ちょっと待ってください(笑)。」

鶴瓶「いや恋愛の話って、もうメッチャモテるやろ」

小田「いや、モテないですね、全然

藤ヶ谷太輔「で、今19歳じゃないですか。
一緒にこう(店員の)髙橋さんと。「ちょっと今日の夜何やってんの?」と。
そうしたら小田さんが「ごめんなさい」と。「今日ちょっとデートの予定があるんで」つって。「あ、そう」って言って、また夕方まで一緒にいて。そろそろじゃあ別れようか。
「じゃあね」つったら、「いや。ちょっとこの後の予定全然大丈夫になりました」と。
「え、どうしたの?」つったら、「いや、ちょっとあの…デートフラれました」って。(笑)
ありました?これ」

小田「いや~あったっすね」

鶴瓶「でも、アジアンビューティーやろ」

藤ヶ谷太輔「アジアンビューティーは好きなタイプですよね?」

小田「アジアンビューティー(笑)?誰?誰が言った?アジアン…」

藤ヶ谷太輔「皆さん取材の中の共通は、アジアンビューティーでした」(笑)

小田「でも、アジアンビューティーもそうだし、ヨーロピアンビューティーも(笑)アメリカンでもあれですけど」

藤ヶ谷太輔「でもさ、地方でも大会あるし、世界で大会もあるし。
一緒についてきてくれる方がいいってことですか?」

小田「確かに。海外好きな子とかは、合うかもしんないっすね」

藤ヶ谷太輔「だからなんだろう。そういう勝負師の時の19と。ちょっと小生意気な19があるっていうのが、やっぱりそこがなんか可愛らしいっていうか」

 

鶴瓶「いや、俺の知り合いも言うてたで」

(憧れのラッパーJP THE WAVYさんと鶴瓶さん、藤ヶ谷さんが話してる写真が映る)

小田「マジっすか!?マジっすか!?」

鶴瓶「ラッパーメッチャ好きやな?」

小田「えー!もういつだろう?昔から好きで。携帯の待ち受けにしてて…ぐらい好きなんすけど。
すごいな。そんなとこまで?」

藤ヶ谷太輔「これじゃあ、それこそ試合前に聴いたりとかもあるんですか?」

小田「もちろんっす。もう試合前聴きますし。
この間東京で大会があったんすけど、そん時も入場曲で使わせてもらったりとか。
まあ試合ももちろん見に来てもらってとか」

藤ヶ谷太輔「なんかやっぱかわいいつってましたよね。
「一緒に買い物に行きましょう」って連絡が来てね。銀座行ったのかな」

鶴瓶「爆買いした言うてたで」

小田「いやでも買い物は好きで。一緒に行った時もバッグ買ったりとかも」

鶴瓶「ああ、バッグ言うとったわ。すっごいバッグやった言うとったよ。高い」

小田「僕も憧れのブランドで。今日もそれで来て。」

 

弱音を吐かず、前向きに

鶴瓶「自分が病気になって大変なこと多かったと思うのよね。
それはもう家族もそうやろうし」

小田「うん。当事者よりなんか親の方がきつかったんじゃないかなって。
こっちは割とケロッとしてて。
親の方がその入院してた時とかは。
僕は何のこっちゃ分かってない感じではあったんで。
まだ9歳とかだったんで」

鶴瓶
「だから親はやっぱどうしてやっていいか分からへんしね。
でもやっぱ強かったよな。本人はケロッとして。まあ、気持ちの上では葛藤したやろうけども」

小田「そうですね」

藤ヶ谷太輔
「でも、地元の友達も弱音を吐いてるところ見たことないって言ってたから。
相当たぶん、自分で抱え込んでんのか。
俺らには見せてこないですって。」

小田「そうですね。あんまないかもしんないっす」

鶴瓶「もう落ち込んでもしゃあないと」

小田「いや、全然負けた時とかは全然落ち込むとか」

鶴瓶「病気に関してはもう落ち込まなかった?」

小田「なんか僕的にはすごいタイミングが良かったと思って。
その入院してて、途中までは僕サッカー戻れると思ってて。治してやろうと思ってて。
で、手術して、こう段々治療してく時に、自分の状況とか。全然ベッドから起き上がれないとか。
色々なんか自分で感じては、「もうサッカー無理かな」みたいな。
たぶん勝手に勘づいていった感じで。
ちょうどそのタイミングでその国枝さんのを見て。
“いや、こっちの方がカッコいい“みたいな。”俺これイケるかも“みたいな

鶴瓶「すごいな、それ」

小田「だから、僕的にはすごい救われてて、タイミングで言うと。
車いすテニスを教えられてなかったら、その期間、無理かもって思ってから、どうしようって時はたぶんあったのかなっていう。
そうですね。ホントスポーツに救われたかなっていう」

 

母の思い

著書の中にある母からの手紙の内容

『病名が発覚した頃の話です。
あの時の私は、ひどく動揺していました。
「もしかしたら、この子を失ってしまうんじゃないか…」
色んな不安がどっと押し寄せてきて、とても怖かった。
だからお母さんは、あなたに一つだけ嘘をつくことにしました。
手術をしたら、またサッカーができるよ!

凱人、ごめんね。
大好きな「サッカー」という言葉でごまかして、あなたを奮い立たせようとしていました。
でも、手術を経てリハビリに励む中で、あなたは密かに「サッカーはもうできないだろう」と心の整理を始めていたよね。
本当はお母さんが思っていたよりもずっと大人だったのだと驚きました。

それから間もなく、車いすテニスに出合い、夢中になっていく姿を見て、「これで凱人も、また新しく人生を歩める」なんて思ってしまいました。
けれど、本当に大変だったのは、退院した後の暮らしでした。

みんなと一緒に走り回れない。
遠足に行っても、みんなと遊び回れない。今までできていたことができてないという現実。
けれど、お母さんは「凱人なら大丈夫」って、ずっと信じていました。
そこから這い上がるのが「小田凱人」だって知っていたから。

友達が一斉に自転車で出かける時も、一人だけ車いすに乗り、力いっぱいに車輪を押してみんなと楽しそうに走って行く。
お母さんは、その背中を見送りながら、「凱人はもう、大丈夫だね」と確信しました。
そしてあなたは今、プロの車いすテニスプレーヤーとして、世界で羽ばたいています。
今こうして華々しい成績を残していく姿を見て、自分だけの「美学」を「貫き通す」事の大切さを教えてもらいました。
だから、あなたにしかなれないヒーロー像をこれからもどんどん追い求めていってください。
母として、そして一人のファンとして、これからも応援しています。』

鶴瓶「あれ読んで俺感動したから。すごいな、お母さん」

小田「そうですね。結構僕が頑張ってっていうよりは、完全にもう母親父親がうまく僕をコントロールしてくれてた気はするんで。そこは絶対感謝してますし。
だから自分がもっと成功して、試合に勝って。なんか迷惑かけたっていうのとはまた違う、なんかどうしようできないことだったと思うんで、病気っていうことに関しては。
なんで、そこをもっと病気する前より幸せにしたいなぁっていうのは思いますね」

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