【徹子の部屋】俳優・本木雅弘さん 35年ぶりの出演(2024年11月21日放送)

(35年前の「徹子の部屋」出演時のVTR)

徹子(当時)「シブがき隊は全部で何年間くらいいらっしゃったの?」

本木雅弘(当時)「7年間くらい」

徹子(当時)「あ、そう。で、あなた今いくつにおなりになったんですか?」

本木雅弘(当時)「今、23です」

 

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徹子「35年ぶりの御出演です。本木雅弘さん。シブがき隊の頃はよくお会いしてましたよね?どうも」

本木雅弘「ご無沙汰しております。よろしくお願いいたします」

 

30年ぶりの徹子の部屋

徹子「えーご結婚してから、もうすぐ30年ですってね?」

本木雅弘
「はい。あっという間でした。
でもこうして、あんなもう10代、20代の頃に黒柳さんとご一緒していた時期があって。
そしてまた、こうしてこの徹子の部屋に戻ってこれるとは思っておりませんでしたので。
すごく感慨深いです」

徹子「今は何歳におなりになりました?」

本木雅弘「今は58歳です。それで、来月には59歳になります」

徹子「ほんとに?で、トーク番組はあんまり得意ではないと伺っていますが」

本木雅弘
「そうなんです。やっぱりあの、ちょっと苦手分野なんですね。
ですが、まああのー皆さんゲストの方で、皆さんそうだと思われますけれども。
やはり、母が喜ぶと。はい。
私も実家の実母の方がまだ元気にしておりまして。
非常に徹子の部屋に出ることを毎回何か作品が生まれるたびに楽しみにしていたんですね。
もうとにかく今回は…っていうことで」

徹子「でもお母様なんかひざ悪くなすったんですって?」

本木雅弘
「そうですね。やっぱり長年のその農作業からなのか。はい。やっぱり足腰がちょっと弱ってきまして。
まあ、今懸命にリハビリを励んでいるっていう感じですね」

徹子
「もっくんは、35年ぶりですもんね?徹子の部屋は。
最後の出演はシブがき隊の活動を終えて、半年後にお出になっていただいたんですよね。
その時のVTRがありますので、ちょっとご覧ください」

 

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*1989年放送のVTR(本木雅弘さん当時23歳)*

徹子(当時)
「今日のお客様はあのシブがき隊のお1人でいらっしゃいますが、半年前にまあ、解散ではなく、シブがき隊なので、解隊をなさいました、あのもっくんと呼ばれてらした方なんですけれども。

あの、俳優の道をお選びになりました。
今の精神状態はどんな風?」

本木雅弘(当時)
「落ち着いて自分のことを考えられるっていうのが、ようやくできるようになったっていう感じで」

徹子(当時)「前はそういう時間もなかったでしょうしね」

本木雅弘(当時)
「ええ。とあとやっぱり、前3人の時は接触する人も、「あ、もっくんはこんな感じだろう。ふっくんはこんな感じだろう。やっくんはこんな感じだろうぐらいまでしか知らなくて良かっただろうし、知らなくても割と付き合える距離だったと思うんですけど。

一人になると、「本木君っていうのはこういう人で、ああいう人で、こういうもの着てて、こんな表情する人っていう風に、細かくこうどうも見られてるような気がするんですよね。

そうなると、こうなんか自分を見せるっていうことが、あのー難しいんですよね。なかなか」

 

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本木雅弘
「(笑)懸命に話してます。でも、徹子さんお綺麗ですね。やっぱり何か、うん。
確か、あの番組の後に、帰りがけの所で徹子さんに、「あなたももしお芝居をするんだったら、これからもっと新劇の人たちとお付き合いしたら面白いわね」って。
「やっぱり魅力的な人達がたくさんいるから、そういう人たちから学べるところはたくさんたくさん盗んだ方がいいわ」っていう風におっしゃっていただいたのをなんか思い出しました」

 

29歳で結婚

妻は10歳年下 内田也哉子さん

徹子
「ああ、そうですか。
で、あなたは29歳の時に、内田也哉子さんとご結婚になって。
也哉子さんはもっくんの10歳下なんですってね?」

本木雅弘「そうですね」

(当時の車の後部座席に座り、前を向く着物を着た也哉子さんを隣に座るタキシード姿の本木雅弘さんが見ている写真が映る)

徹子「あら、可愛い。映画の中のシーンみたいね」

本木雅弘
「まあ、出会った当時というか。1年強経った頃ですね。ロサンゼルスの方ですね」

(1995年結婚式で着物姿の也哉子さんと着物を着て傘を持つ本木雅弘の写真が映る)

本木雅弘
「これは結婚式の時。まあ、一応地味婚のはしりでして。
お金をかけずにっていうことを意識して。
この私の着ている羽織も樹木(希林)さんが買ってきたあの古着の羽織の2000円のものですね」

 

二世帯住宅で同居

徹子
「(内田)也哉子さんは、内田裕也さんと樹木希林さんの一人娘で。
もっくんは婿入りした形になったんですね?」

本木雅弘
「はい。そういう形になります。
最初のまあ2,3年は、えっと2人で住んだんですけども。
その2人で住んだマンションも実は裕也さんと樹木さんが、まあ唯一…1月半位ですか?…だけ、結婚生活をしていたマンションの部屋なんです。実際。

私たちもそこからスタートして。
それでその後、二世帯住宅で同居することになりました。

まあ、その2世帯住宅には、もちろん樹木さんが用意した裕也さんのロックンロール部屋もあるんですけれども。

そこにまあ裕也さんは、訪ねてきたことはありますけれども。
まあ、ついぞ、住むことはなかったんですけれど。はい。

でもあの、本当にその樹木さんと同居した23年間っていうのは…ああ、現実的にはえっと20年位ですか。ですけれども、すごい貴重な体験でした」

 

樹木希林さんの提案で同居「違った世代がいると人間が豊かになる」「死に様を見せたい」

本木雅弘
「元々あのー2世帯で同居するっていうのは、樹木さんのアイデアだったんですけれども。

でまあ、樹木さんも本来はあまりこうなんか人と生活の面では交わりたくないっていうタイプの人なんですけれども。

まあ、やっぱりせっかくの孫ができたし、あの教育っていうような意味合いで、やっぱり一つ家の中にあらゆるっていうか、違った世代の人間がいると、価値観も含めて。

あとまあ、言葉のその言い回しですか。
そういったこう違った音が聞こえてくるっていうことも、やっぱり人間を豊かにさせていくことの1つだって。

で、「何よりも私はまあある種生きてる時間も大切だけど、人が老いていくっていうことも含めて、死にようっていうかね、死に様というか。そういうのもきちんと見せていきたいのよ」

で、もうその有言実行をされて。はい。旅立ちましたけど」

徹子「あなたからご覧になったあのご夫婦はどんな風でした?」

本木雅弘
「(笑)そうですね。一口に言うのは難しいんですけれども。
まあやっぱり、私もあのー世間の方々と同じように、本当に2人ともそれぞれ自分の道を生きて
それをウソ偽りなく世間にそのままさらしていたタイプなので。
そういった意味ではやっぱりもう、本当に作為のない、本当に素直な表現者と言ったらおかしいかもしれませんけれども。
ホントに面白がらせてもらいました」

 

2016年に内田裕也さん&樹木希林さんが一緒にTV出演したVTR

徹子「あの内田裕也さんと樹木希林さんが一緒に写っている貴重な映像がありますので、ちょっとご覧ください」

 

2016年放送「黒柳徹子だけが知っている THEテレビ伝説60年史」

「2年に1回会うとよく喋る」「娘と孫が内田裕也さんのことをとても好き」

徹子(当時)「今どんなお気持ち?こう並んで」

樹木希林(当時)
「いや、普段はね。あのー2年に1回とか会った時には、もう喋ることが両方がいっぱいで
「ちょ、ちょっと待って。オレに喋らせろ」って。
で、私がなんかこう一応報告ね。
あの介護保険料のお金がこうなってますとかね。報告しなきゃなんない。
選挙の投票カードがどうしましたとか。
そういうのがね、いっぱいあるでしょ?

そうすると、こちらはこちらで、もういーっぱい言うことがあるから。
2人でね、すごいの喋って。
でも今日はもう、こうやって(裕也さんは下向いて静かにして)ます」

徹子(当時)「ご結婚43年?」

樹木希林(当時)「44~45年

徹子(当時)
「でしょ?それで別居(笑)したのが40何年?アハハハ(笑)すごいよね。
でも時々お家来たりとかなんかなさってるけども」

樹木希林(当時)「とにかく娘と孫が、(裕也さんは)とても好きなんですよ」

徹子(当時)「そうなんですってね。「裕也に会いたい」って言うんだって?」

樹木希林(当時)
「そう。「裕也に会いたい」って。
やっぱりでもね、それはね、子供が本質を見抜く。」

 

徹子「本質を見抜くって」

本木雅弘
「いや、確かにそうですね。
でもあの、本当に裕也さんは、樹木(希林)さんがある時言ったように、「ひとかけらの純粋さ」を持ち続けてるっていう。
そういうこう究極的には、やっぱりすがすがしさの魅力を持ってる方なんですね。

で、破天荒なイメージがありますけれども、まあ、私たちと会ってる時も、まあ時々あのその2世帯住宅に酔った勢いで夜襲してくるときもあるんですけれども。
でも基本的には、普段優しいし、紳士だし。
とても映画の題材になる物を探して読書家でもあるしっていう。

でも、「お前らのその善人っぽいイメージっていうのは、俺という悪がいるから成立してるんだ!感謝しろ!」っていうのもよくおっしゃってましたね。

 

家族のこと

夫婦喧嘩について

徹子「本木さんは1995年にご結婚なさって、もうすぐ30年夫婦喧嘩はします(笑)?」

本木雅弘
「そうですね。ま、非常に妻の也哉子さんは(笑)何て言ったらいいか分かんない(笑)普段きちんと呼んでいないので…。
えっと、まあおっとりしてるタイプなんですけれども。
やはりこう内に秘めたマグマのようなものはDNA的に持っていて
それで、カッとそれに火がつく時がありますし。

基本的にこうなんか、結果的にいい方向にもっていきたいっていう意味での喧嘩好き、議論好きではあるんですね。

で、私も引かないタイプなので、結局は。
なんか、よくまあ些細なことで。
最近は随分2人とも抑えられるようになりましたけれども。
もう朝まで討論会的な感じになるような夫婦スタイルですね」

徹子「でも、子供の前でも平気でケンカするんですって?」

(子供3人でとった写真が映る
長男 UTA(うた)さん 長女 伽羅(きゃら)さん 次男 玄兎(げんと)さん)

本木雅弘
「そうですね。結局あの取り繕えないっていうところもあって。
それでそうしましたら、まあ、この長男のUTAがまだかなり小さかった頃ですけれども…」

徹子「うん。随分背高いね」

本木雅弘
「そうです。一応190㎝あって、一応モデルをさせていただいてます。でも今はちょっと役者の勉強もしてっていう感じなんですけれども。

まあ、彼が本当に小さかったころに、子供たちの前でずーっとケンカを止まずにいたら、もうたぶん何度もきっと、こう回してる縄跳びの所にこう入ろうか、入れない、どうしよう・・・みたいな雰囲気があったんですけれども。

ある瞬間、ザッと二人の間に入ってきて。

それで、パパじゃなくて、ダダって呼ばれてるんですけれども「ダダも間違ってない。マミーも間違ってない。2人とも間違ってない!」っていう風に言って。

まあ、それが本当にちょっともう健気で可愛らしかったので、こちらも拍子抜けしてしまって。一応それでお開きになるみたいなね。そんな場面もありまして。

で、それが結局こうまあ次男までできてっていう風になっても、まあ、時々やっぱりそういう議論がとまらない時があって。

それでその、次男が上手く分析していて。
いつもダダとマミーがもめてる時に、マミーは「だけど」っていつも言っている。
でもダダは、「だから」ってずっと言ってるから、2人の話が終わらない。

「だけど」って言って、何かを言うとと「いや、だから」って言う風に、永遠に話が終わらないっていう風にツッコまれたこともありましたね。

徹子「でも子供たちはよく見てるのね」

 

長男UTAくん(27歳)

スポーツ少年 打たれ強い 心が頑丈

徹子「すごいわね。長男は27歳でUTA(うた)くん?」

本木雅弘
「はい。UTAといいます。
元々バスケットボールをやっていたスポーツ少年なんですけれども。
でもあのーホントにようやく落ち着いてきてというか。

まあ、元々こう打たれ強いというか。
あのー表面には出さないんですけれども、非常にこう心が頑丈なタイプで。
で、まあ、最近は一人暮らしをしているので、もうあまり…まあ、いい意味で距離を置くようにしてるんですけれども。
まあ、どんどんどんどん、こう自由になってってる感じがします。

 

長女 伽藍(きゃら)ちゃん

中学からイギリスへ留学→ニューヨークの大学→パリ大学院

本木雅弘「で、娘…」

徹子「伽羅(きゃら)ちゃん?」

本木雅弘
「はい。娘はえっと、まあ元々イギリスに中学の時から留学して。
それで高校まで行って
その後ちょっとアメリカにってことで、ニューヨークの大学に行きまして。
で、今はパリで大学院で、グローバルコミュニケーションっていうのを学んでるんですけれども」

徹子「勉強好き?」

本木雅弘
「う~ん。というか…う~ん、何でしょうね?
まあ、確かに好奇心があるし、でやっぱり…そうですね…向こうの方が肌に合うのかもしれないですね」

徹子「なるほどね」

 

次男 玄兎(げんと)くん(14歳)

思春期真っただ中

徹子「それでもう1人。次男玄兎(げんと)くん」

本木雅弘
「ちょっと生っぽい写真で申し訳ないんですけれども。
まあ今14歳で、ちょっと思春期で、微妙なところもありまして。
なかなか写真も撮らせてくれない。家族との写真は嫌がるっていうのもあって。
なかなかいいのがなくてですね。

まあ、朝学校に出かける前に、ちょっとだけ撮らせてっていう感じで、撮った一枚なんですけれども」

 

樹木希林さんからの言葉「子を育てると自分が育つ」

徹子
「でも、本木さんも世話を焼くんで、お母さんが2人いるみたいになっちゃって、「歯磨いたの?クリームぬったの?」ってずっと」

本木雅弘
「そうですね。ちょっとこう背中を見せる男らしいお父さんっていうのには、どうしてもなれないままに過ぎてしまったんですけれども。

でもまあ、子育ては難しいけど、面白かったですね。
まあ、樹木(希林)さんにもよく「子を育てると自分が育つ」っていう風に言われていたんですけども。
で、「それは子供じゃなくてもいいのよ」っていう。
もう植物でも動物でも、他人の子でも。
全く何かそこに思いを懸けるとか寄り添うってことで。
やっぱりそうじゃないと人は成長できないっていう風によく言われていて」

 

ロンドンで生活した日々

優遇されない普通の生活が新鮮で心地良かった

徹子「あなた方はロンドンに暫く引っ越してらしたんでしょ?」

本木雅弘
「そうですね。はい。えっと、あのー娘のその中学に、留学するっていうタイミングで。
まあ、元々は、2~3か月だけ引率するっていうような予定だったんですけども。
まあ、私が味をしめてしまって

やっぱり、東京ではなかなか味わえない。
普通にこう電車バスに乗って。気ままに公園を歩いて
それで、なんとなくぶらぶら歩くようなね。そういった生活っていうのに。

で、こうしてこう分かりやすい観光のところも、永遠並んで。ちょっとだけ見て帰るとかっていう。
変な言い方ですけど、なんかこの優遇されない生活っていうか。
だからそれがスゴク新鮮で」

 

妻が語るロンドンでの本木さん「オーディションを受けても他の役者を推薦」

徹子
「あの、ロンドンでの暮らしを也哉子さんが徹子の部屋で話してくださってるので。
ちょっとご覧ください」

 

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*2023年放送VTR*

内田也哉子さん
「私たちがえっと5年位イギリスに住んでた時期があるんですけれども。
その時に、初めてその人らしい生活を本木はできたというか」

徹子(当時)「イギリスでオーディションを受けてみたりしたんですって?」

内田也哉子
「あ、そうなんですよね。めずらし…あの、日本ではね、なかなかそういう機会ないみたいですけど。
イギリスにいると、ちょっとあのー監督とか会ってみないかとか。オーディション。

どうでしょう?でもいくと、すごく引っ込み思案で。
元々そういう海外でやりたいっていう夢はないので。
行くと監督に「この役は誰々さんっていう役者がいいと思います」って言って帰ってくるんですよね(笑)」

徹子「よその人を紹介して?」

内田也哉子
「はい。だから私はやめてくれと。だったらもう行かないでくれって言うぐらい」

 

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本木雅弘
「はい。そんな調子です。
やっぱり仕事の世界として、求めている場所じゃないので。
えーなかなかですね。まあ、あれだけたくさんのお芝居が見れる環境では…。
まあ、時々は行くんですけどね。
やはり、基本的には雑踏に紛れるために行っている感じですね」

徹子「東京ではなかなかできなかった家族の時間をそこで持つことができた?」

本木雅弘「はい。それが貴重でしたね。」

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