【人生最高レストラン】ハイヒール モモコさん「年間364日外食!圧倒的に面白かったダウンタウン」(2024年9月28日放送)

年間364日外食 「360日はおごってもらう」

加藤浩次「外食って年にどのくらいですか?」

モモコ「一応、年間364日元旦だけは一応気使うて旦那の親戚とか親とか。それだけ食べて」

加藤浩次「え?じゃあお子さんも連れて外食行くってことですか?」

モモコ
「子供は大体朝ごはんは一緒にして。夜はもうママはいないものと思ってくれって言って。
ちっちゃい時一応ね、子育てしたんですよ。
もうだって今なんかいらんもん、親。そう。29歳、24歳、21歳やから。

もうなんせ色んな会を作ってて
着物を着て、歌舞伎を観て、京都の和食に行く会とか。
「GOC」って「外食 オタク クラブ」っていう新しい店を開拓するとか。
爆食会っていうのは、1日に10軒ぐらい回るっていうやつとか。
それはね、それぞれの料理人さんにお話しして、その店のスペシャリテだけを出してもらうみたいな。
それはもう前もって仲良くしてるから、それぞれの土地で。
北海道やったら北海道の人。九州やったら九州に強い人がやるって感じで」

加藤浩次「爆食会のメンバーは何人ぐらいいるんですか?」

モモコ「10人ぐらい。ほとんど社長です」

加藤浩次「それ元々モモコさんの知り合いですか?」

モモコ
「1人と知り合ったら、社長って全員繋がってるんですよ。360日ぐらいはおごってもらうんで」

加藤浩次「全然金かかんないじゃないですか」

モモコ「シャネル買わなアカンから」

 

友人小川菜摘さん(浜田雅功さん妻)から見たモモコさん

くそドケチ

小川菜摘さんから見た普段のモモコさん
「あの言い方は良く言えば倹約家ですけど、くそドケチですよ、ただの。
私の家に泊まりに来た時とか、人の家の冷蔵庫を開けて。
で、私も一切れ残ったたらこをお皿に入れて、ラップして、こうしまってあるじゃないですか。
「なっちゃん、もうこれ食べへんやろ」って言って、持って帰るんですよ。」

スタッフ「一緒に旅行に行かれることもあるんですか?」

小川菜摘
「行きます行きます。
まあ、うちは、めったに家族が揃う長いお休みが取れる時期が決まってるんで。
ちょっと大きめのお部屋借りて、1年に1回の贅沢だから。
彼女は、どうでもいいんですよ、部屋とか。
だから、ほんとに安いホテルに行って。
浴槽が無くてシャワーだけで、シャワーの出が悪いとかってなると、家族全員でウチの部屋に来て風呂入って帰るんですよ。
旦那もですよ。
全員でウチの風呂入って、バスタオルとか使って、帰っていくんですよ」

モモコ「これホンマ、残念ながら、全部ホンマですわ」(笑)

加藤浩次「なんでタラコのひとかけ持って帰るんですか?」

モモコ「絶対もう食べへんもん」

加藤浩次「いや食べるでしょ」

モモコ「食べへん、食べへん。もう浜ちゃん仕事行く言うてたし」

加藤浩次「次の日の朝とか」

モモコ
「いやいや。もうなつみちゃん私とその日ご飯行くから。
私次の日に帰って、おにぎりの中に入れる。
絶対に無駄にせえへんから、食べてる様子を写真で送ります」

加藤浩次「それはだから、ホントにケチっていうのは自分で自覚あります?」

モモコ「ケチとは思ってないんですけど。節約家です」

加藤浩次「節約家でも、ホテルもうちょっといいとこ泊ってもよくないですか?」

モモコ
「いやもう、ホテルはホンマにおらんから。朝から動くし。
浜田家広いから。浜田家の借りたとこ」

加藤浩次「それは旦那さんとかもうちょっといいとこ泊んない?みたいになんないんですか?」

モモコ
「言わないです。もうこれ節約してシャネル買わなアカンからな。
商売道具やからな言うて洗脳してるから。「せやな せやな」言うて」

島崎和歌子「今日も全身シャネルで」

モモコ「今日も全身シャネルで来ました」

 

シャネルにこだわる理由

島田紳助さんに「貯金するより、いい服着ろ」と言われ

加藤浩次「なんでそこまでシャネルってこだわってんですか?」

モモコ
「これね、たまたま吉本入った時に、あの紳助さんが「今1万円のお金を貯金なんかせんと、1万円分いい服着ろ」って言わはったんですよ。
女漫才師でもね、おしゃれな服を着てる方がいい時代やで」って言われたから。

衣装とかテレビ出る服はお金かけよって言うて、こう毎回新しい服とか話題の服とかを着てるんで、すごい服が溜まったんと私年間10㎏ぐらいすごい簡単に(体重が)動くんで。
だからあの、7号から15号まで自分だけでサイズの服を持ってるんで。
だからもうそれを売ればいいなということで(お店を始めた)」

 

旦那さんとの出会いは番組の企画

細木数子さんの占いで「この人と結婚したら金持ちになる」と言われ…

旦那さんとは1993年結婚

加藤浩次
元々(旦那さんとの出会い)は番組の企画ですよね?最初はテレビの企画でOKはしたんですか?」

モモコ
「まあ一応番組やから誰かは選ばなアカンから、3人ぐらい選んだんですよ。
でもそんなん番組で応募してくるなんて、キモ(イ)!と思ってたんですけど、ホンマは(笑)。
だんだん色んな店で会うようになって、友達になって

28歳やって、旦那から「付き合って」って言われて。
「いやそんなテレビで出会った人と付き合ったら恥ずかしいやん、私」って言うて。
でもホンマ28やし、次は結婚しようと思うてるしって言うたら、「ほな、結婚してください」って言われて

ほんなら親友が、あのすごい細木数子さんの占いが大好きで。
その占いによると、この子と結婚したら、私が金持ちになるって。
あなたが好きなだけシャネル買えるようになるよって言われて。
「え、シャネル買えるの!結婚する!」ってなって」

加藤浩次「いやいや(笑)しかも細木数子さんじゃないでしょ」

モモコ「そう。友達が本見ながら」

 

デビューは吉本の養成所

お笑いに興味はなく、普通のヤンチャな女の子

加藤浩次「そもそもハイヒールさんは、デビューはだから養成所ですよね?」

※お笑いコンビハイヒール(相方はリンゴさん)
1982年結成。吉本総合芸能学院(NSC)大阪校1期生。同期はダウンタウン、トミーズなど

モモコ
「そう。私NSCの1期生ダウンタウンやトミーズと一緒なんですけど。
私は全然お笑いとかには興味なくって

ほんとに普通のヤンチャな女の子だったんで。夜走りに行くような。(笑)

そん時に、暴走族とか竹の子族とかレディースが流行ってる時代で。

※竹の子族:1980年代、原宿・代々木公園近くの歩行者天国で派手な衣装で踊っていた若者たちのこと

で、竹の子族の服は東京行かな買われへんかったんで。
ほな東京に行くお金いるから、ジャンケンで負けた者が買いに行こうってなって。

私ともう一人が負けたんですよ」

 

竹の子族の服を買うため、東京へ…タダで行くため受けたテレビ番組のオーディション

レディース仲間と2人で東京に行くはめになったモモコさん。
どうしたらタダで東京に行けるか考えた結果…

モモコ
「で、未知やすえさんに、あの同い年で知り合いやった。
あの子は「笑ってる場合ですよ」っていうね、いいとも!の前の番組に出てる。
で、それに出たから、その出方聞けって言うから、やすえさんに電話して、突然。

「あんたテレビでてたやろ?」言うて。
「私も見ててん」言うて。
「あれどうやって出るか、出方教えて」って言うて。

ほんで(未知やすえさんが)「応募するのよ」って言うて。
「お前よりオモロイからな」言うてカチャって切った言うねんけど。
そんなオモロくない、私は。
でそれで、オーディション行って

加藤浩次「何やったんですか?そこで」

モモコ
「普通に漫才。ネタはみんなで喫茶店で、こんなことあってオモロかったいう話を寄せ集めて作った。
で、5日間勝ち抜いたらスター。5日目に落ちたんですよ。
でもまあ、竹の子族の服が買えたし」

 

吉本興業の人が見て、養成所に誘われ…そこで出会ったダウンタウン&トミーズ

モモコ
「で、5日目に落ちたんだけど、大阪に帰ったら、視聴率がすごい時やったから、「今日観てたよ」って言われて。
「ネタやって」って言うて、やったんですよ。
ほな、たまたま吉本の人が来てて

明日吉本(興業)が学校作ったからそこに来なさい」って。
「私学校が嫌いなんですよ」って言うたら、「いやもう、お金もいらん」と
「1円もいらんし、あのジャズダンスとかな、あ、ディスコ好きやったらそれだけでもやりにきたらええから」みたいな軽い感じで。
で、ジャズダンスの教室見てたら、ダウンタウンとトミーズが嫌々踊っててね」

加藤浩次「その時に、トミーズさんとかダウンタウンさんとか交流はあったんですか?」

モモコ「めちゃくちゃ仲良かったです」

加藤浩次「ああ、それは仲良くは喋ってたんですか?」

モモコ「もうあの、ダウンタウンはほんとにすごく遊びました」

 

圧倒的だったダウンタウンの面白さ

とにかく面白い 一番との差がありすぎた

加藤浩次「若手の頃は全然ダウンタウンさんどういう感じだったんですか?」

モモコ「もうね、とにかくね、やっぱり面白い。ほんまに面白い

加藤浩次「もうネタがですか?」

モモコ
「うん。ネタもパッと発する一言も
あのー吉本のそのNSCに来た子はみんな自分がオモロイと思って。
一番や!オレはクラスで一番やった!って来たけど、ダウンタウンを見た瞬間にみんな、「頑張って二番なろう」って思ったくらい。一番の差がすごすぎた

サバンナ高橋「もう圧倒的やったんですか?」

モモコ
「もう思いつけへんネタしてた
全然売れてへん学校の生徒の時に、「なんか松ちゃんネタ書いて」って私が言うたら、「あの俺が書いて俺が恥ずかしくてできへんやつでも、俺が書いた(ネタ)なら、1行5万(円)」って言いはったからね」

 

島田紳助さんがダウンタウンを見てコンビ解散を決意

加藤浩次「当時から?」

モモコ「当時から。あのホンマ私その場におってんけど、なんば花月で紳助・竜介さんがダウンタウンのネタ見て、俺今日(芸人)やめるわ」って言うて、紳助兄さんが
次の舞台で「紳(助)・竜(介)解散します」って服脱いで、服投げはってん

「ダウンタウンのネタは、俺が一番オモロイ思ったけど、ダウンタウンがすごいからもう俺はやめる」って言うてやめはってん」

加藤浩次「そこはもうそこで完全に時代が変わったと思ったってことですか、紳助さん」

モモコ「もうすごいほんとに、あのーそんな同期を褒めんのは嫌やけど、ダウンタウンのネタはすごかった

※笑ってる場合ですよ!(1980年~1982年放送):平日の昼に生放送されたバラエティ「笑っていいとも!」の前身番組

 

家族の話

お見合い、デート、結婚、出産、旅行…全部テレビで

加藤浩次「お子さんっていうのは芸能界っていう話は全然?」

モモコ「たぶん出産シーン3回とも特番やってるの私だけちゃうかなと思って」(笑)

島崎和歌子「そうですよ。全部お仕事にして?」

モモコ
「そう。お見合いもデートも結婚式も新婚旅行も
だから子供はちっちゃい時に、旅行にカメラさんが来るものと思ってたらしい。
関西の人はもう子供たちの名前も全員知ってくれてて。
親戚がぎょうさんおるって思ってたんですって。
どこ行っても「ジン早よ帰りや」とか言われるから。

 

今子供たちは…

長男は東京で。
飲食それこそ120店舗ぐらいやってるトランジットさんで社長秘書やってて。
で、次男はラスベガスで働いてて。案内もやってるし」

加藤浩次「あ、じゃあまあ大手のリゾート会社に?」

モモコ「行ったんですけど、自分でやり始めたみたいな」

加藤浩次「めっちゃ優秀ですね」

モモコ
「で、あの長女だけは大学生なんですけど、私をお母さんって隠してるから、顔出しだめなんですよ(テレビに映る写真で長女だけ顔を隠している)

(娘は)小学校の時はレギュラー(番組)持ってるくらい喋り達者やったんやけど。
一人でレポートしてはってんけど。
でもあの、なんか中学上がる時に、「ちょっと私普通のオモロイ女の子に戻りたいねん」言われて」(笑)

 

お金にはちっちゃい時から厳しかった 「領収書制度でプレゼン&コミュが磨かれた!?」

加藤浩次「え、なんか子育てでこうしたとかこれだけは守ってたみたいな」

モモコ
「うちお金はもうちっちゃい時から厳しかったです。
あのーもう3歳ぐらいから、「そのミルクなんぼか知ってる?」とか言うてました。(笑)
そのおしめも(いくらか)知ってる?っていうて」

サバンナ高橋「知るかいな」

モモコ
「習い事する時も、「アンタの習い事は6500円かかるけど、6500円だとこんだけくら(寿司)で食べれんねんで」って言うて。
せやけど、だから本気で習ってねとか。

お金はもうめちゃくちゃ厳しく言うたし、領収書制度で。
領収書で、プレゼン(テーション)で、(親が)納得したら払うみたいな。

コンタクト買ってきた。それは視力が落ちたから払います。
カラコンはアンタが可愛く見られたいためやから自分で払いなさいとか。
だからみんな口立ったと思うよね。私を納得させなアカンから。」

加藤浩次「でもそうなると、自立心っていうか、自立は早かったですか?」

モモコ
「めちゃくちゃ早いと思う、みんな。
勝手にもう芸能人のお友達も私より多いし。社長さんも私より多いし。
すごいなんか、コミュ力がすごい

 

最後に…

加藤浩次「ちょっと最後に聞いてもよろしいですか?なんか髪乾かすのもう時間もったいないから、こう家で乾かさないって聞いたんですけど」

モモコ
「そう。あの家お風呂上がりでビチョビチョのままタクシー乗って、窓開けてこうやって乾かしながらやってます。(笑)
もう時短。やっぱコスパだけで生きてますから。
もう1日に何個行けるか。
この後はごはんを3試合。
菜摘ちゃんと一回といつもお世話になってる人と最後社長で締めて。
もうせっかく東京来てんから」

 

モモコさんがおすすめの店

1店目 大阪・福島「ラ・ルッチョラ」

大阪ではミシュラン1つ星。☆とってる割には、コースが1万5000円位
15年前ぐらいから通う店
からすみのパスタ 大好物のからすみががてんこ盛り絶品パスタ

 

2点目 大阪天王寺 「ザ・ちゃんこ 萩屋本場所」

安くてうまい一品
歴代の力士に愛されるちゃんこ
めちゃくちゃ安くて美味しい
吉本入ってすぐ(42年前)、月亭八方さんとかがよく行っていた。

ずっと通っていたが、15,6年前に店主のお父さんが「年やから店閉める」といった。
閉められるのが嫌で、だれか継がないかと思って、紳助さんやたむけんさんとか飲食やってる人にあそこ継いでくれないかと聞いたら、ちゃんこは冬だけだから…と断られた。
誰か継いでくれないか…と思ったら、建設業やってる旦那さんが「オレ継ぐわ」と言ってくれて今は旦那さんが調理師免許もとり、経営している。
旦那さんが引き継いでから17年になる。

美味しくて有名

 

3点目 大阪帝塚山 「Genji」

30年以上愛してやまないウニのババロア
毎日一生食べたい。ウニの味がはっきりしてて、ウニもたっぷり乗せてくれる。
20代の時に雑誌のSPA!を見て、美味しいご飯屋さんにすぐ電話して行っていた。
予約できますか?って行ってからの付き合い。
食べたとき、この味食べたことないと思った。

「なんか一生この子(シェフ)が作るもの食べたい」と思って、死ぬまで1件しかご飯屋さん行ったらアカンっていう法律が出来たら、ここに行くなって。

メニューがすごい。もういろんな種類がある。
大人のファミリーレストランを目指してはる。
洋も和も何でもある。

元々はオーナーシェフは洋食のシェフ。絶対舌と言われてる。
何か何でも食べたら、同じの作ってって言って。
どっか行って美味しいものあったらジップロック入れて持って帰って、それ食べて!って言ったら、次大概同じものできてる。再現できる。

オーナーシェフとは戦友のようなもの。
子供を連れて行って、ちっちゃいおにぎり握ってとか、お寿司食べたいとか、忙しい店なのにやってくれる。家族全員バラバラのものを食べたいときはここに行くって感じ。

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