【おしゃれクリップ】野々村友紀子さん(50)(2024年11月24日放送)

野々村友紀子さん
一番信頼できるテレビのコメンテーターランキングにランクインするなど、女性の共感を集め、今引っ張りだこ。

山崎育三郎「ちなみに、今日のスタイルはどういうイメージですか?」

野々村友紀子
「今日はですね、ちょっといつもと全然違う雰囲気で。
今日は私、韓国女優風にしてほしいって言ったんですよね。
あの、どうしてもね。
顔が、「顔!」っていう顔で。あのー「目!鼻!口!」みたいな。
ちっちゃい時から、あの浪速のスタローンって呼ばれてて。(笑)
スタローン味をとにかく消してくれと」

 

ご意見番としてすっかりおなじみだが、実は最初に志したのはお笑い芸人
18歳からお笑いコンビで活動
コンビ解散後は、人気番組の放送作家に転身

27歳で、後輩芸人 お笑いコンビ2丁拳銃の川谷修士さんと結婚
現在は2人の娘を育てるママ(長女一花さん18歳、二女美月さん16歳)

 

野々村さん流 ママ友の作り方

子どもが赤ちゃんの時から、ママ友に頼ろう!と決めていた

一般の人から悩み相談
「今年娘が幼稚園に入ったんですけど、ママ友の作り方がちょっとわからなくて。
私はちょっと話す勇気がないっていうか。話しかけ方も分からなくて。
それをちょっと聞いてみたいです」

野々村友紀子
「これはね、分かります。
私が一番最初にママ友作ろうって思ったのは、もう(娘が)赤ちゃんの時で。
私遠方なので、母親が。もう両親とも大阪で。

あ、頼れないなっていうのも、あの高齢というのもあったので。
その分ママ友に頼ろうというか。
ママ友と結託して、一緒に乗り越えていこうって、もう最初に決めてたんですよ。

だから、あの保健所とかの検診とかあるじゃないですか、子供の。
そういう時に、私は、作戦としてね。
外国で買った珍しいおもちゃをベビーカーにいっぱいぶら下げて、練り歩くっていう作戦。

それに食いついてくれるママと喋る、とにかく
「え!かわいい!」とか「え、どこで売ってるんですかこれ?」…ちょっと珍しいやつね。
おしゃれなやつをいっぱい買って。ぶら下げて。練り歩いて。
ちょっと、釣りじゃないですけど。はい。これに「誰か見て!」みたいな感じで。

で、それになんかこう引っかかる…というか(笑)それが目に留まってくれるってことは、趣味も似てたりとか。
あの、話も合う人が多かったので。

それでね。最初はママ友作って」

 

実は人見知り…小さい時から知らない人と喋るのが苦手

山崎育三郎「でも意外というか、友紀子さんなんか自分からグイグイ仲良くなりそうなタイプなのに」

野々村友紀子
「ちょっとね。私、あんまりこう、輪の中入っていくのとか、知らない人と喋るの、こう見えて苦手なんです。ちいちゃい時から

山崎育三郎「人見知りというか?」

野々村友紀子
人見知り一人っ子で、あんまりそういうワーワーという感じで育ってなかったんで。すっごい大人しくて。そっからなぜかこんな仕上がりになったんですけどね」

 

27歳で結婚

日常的にプロポーズされていた

井桁弘恵「何歳の時にご結婚されたんですか?」

野々村友紀子「27歳です」

井桁弘恵「その決め手というか、どのタイミングで踏み切ったんですか?」

野々村友紀子
「とにかく日常でプロポーズされてたんで、私。

なんかお味噌汁作って出したら、「わぁおいしい!結婚しよう!」とか。
あのー「今日かわいい!結婚しよう!」とか。(スタジオ「え~!」)

言うタイプ。言うタイプです。はい」

井桁弘恵
「へ~。あ、じゃあこう(指輪の入っている箱を開けて)パカン!プロポーズっていうよりは…」

野々村友紀子「…は、なかったですね、逆に。はい」

山崎育三郎「いっつも言ってるから。自然の流れで?」

野々村友紀子「はい」

 

大変だった子育て…一番大事なのは子育てと決めた

仕事では泣いたことないが、子育てでは泣いた

山崎育三郎「でも、すぐお子さんも生まれたんですか?」

野々村友紀子
「そうですね。子供生まれて、大変でしたね。
私もう仕事で泣いたことないですけど、子育ては泣きましたね。
やっぱり、1人っていうのもありましたし。ほぼほぼワンオペというか。

あのー夫も忙しかったので。
そん時結構大阪も行ったりとかしてて。地方行ったりしてたんで。
1人で子育てしてて。
まあ、初めてすぎて。大変やなっていう」

井桁弘恵「え、その時はご自身のお仕事はちょっとセーブしてっていう?」

野々村友紀子
「はい。そん時は、あのーなんか自分の中で今の一番決めるのが好きで。
ま、一番大事なの何にしよっかなっていうので、そん時はやっぱもう子供優先にしようって決めて
その時はセーブしましたね、仕事」

 

車から飛び降り走る…いっぱいいっぱいになり

東京西新宿。
打ち合わせで、娘が2歳と0歳位の頃、子育てが一番しんどかったと話していました。
当時車で良く通っていたのがこの新宿近辺でした。

野々村友紀子
「上が2歳、下が0歳。生まれたばっかりの時が、もうお風呂入るのももう、やっぱ赤ちゃん洗いながら、2歳の子も危ないし、見とかなあかんしっていうので。

自分なんか本当に洗えなかったですね。
もうかかってきたお湯。もうこれでええわみたいな。
ちょっともう自分にかけながら洗うみたいな」

 

家族を乗せた車でいつものように西新宿を走っていた時、忘れられない出来事が。

野々村友紀子
「はい。夫が運転してましてね。そう。助手席で私いたんですけど。
後ろで子供がどっちかが泣いて。連動してうわ~ってものすごい泣き声に急になったんです。

で、そういう時、いっつも私は後ろに行ってあやすんですけど。
なんかね、もう溜まりに溜まったストレスがそん時なんか爆発したんですよね。
我慢できなくなっちゃって。

何かその時はもう、あやせずに。ここに(信号で)ちょうど止まった。
ちょうどこん時に、うわーってなって。

で、旦那はもう運転してるから頼むわって感じでこっち見てくるけど、なんかもうそれも許せなくて。で、もうこれ私でけへんと思って。
1回旦那やってみろ!って思っちゃったんですよ。

で、もうここで(車から降りて)逃走しました」

この時の家族の反応は覚えていますか?

野々村友紀子「もうホント点みたいな。目が点みたいな」

井桁弘恵「え、え?ちょっと出るわとかなく?」

野々村友紀子
「何も言わずに、もうほんと、止まってるのに転がり出るくらいのイメージ。
なんか知らないけどね、私もうわーってなってたんですよ。
とりあえずもう出ないと、自分がもうワーッてなるから」

 

ずっと我慢してたカレー屋に入り

そして目についたのは…

野々村友紀子
「もうやんカレーね。前から気になってて。1回食べてみたいなと思って。
授乳をずーっとしてたんで。
私もう何年もカレーをね、我慢してたの。食べれなくて。
やっぱあの、味に出ちゃうっていうので。
でももう、これ行ったろう思うてね。カレーがすごく食べたくなって。

ただ、入らなかったの。すっぴんやったから。ちょっとなんか、急に恥ずかしくなって。すっぴんやと思って。で、なんかバーッと探してて。

あ、そういえば100均がこの先にあるーと思って100円ショップに飛び込んで。何とかしようと思ったんですよね。

で、ここで1回買い物して。で、もう道端でメイクして。走っていきました。もう歩きメイクというか。はい。もうなんとかして。

で、もう1回戻るんですよ。もうやんカレーに。どうしても食べたいから。
もうなんとなく、顔もなんとかなったんで。行ったろ!思って。
ここもう、めっちゃ走りました、ここ。はい。
で、ここ辿り着いて。もうやんカレー。
私はね、壁際のね、なんか漫画とか置いてるところで。
マンガも読んでなかったの。マンガ大好きやのに」

食べたのはあいがけキーマ&カレーソース。1164円。

山崎育三郎「どんな気持ちなんですか?この時って」

野々村友紀子
「いや、もうなんかね。泣きそうになりました。すっごい我慢してて。
なんでしょうね?で、食べたらアカン!って思ってたけど、なんか我慢しすぎてもアカンなって食べたときに思いましたね、なんか。
ハッてね気が付くんですよ。うん。」

夫の川谷さんは心配していたのでは?

野々村友紀子
「いやー、あの夫はでもね。すごく優しく迎え入れてくれて。
「おかえり」って言って。「なんかちょっと、自由な時間どうやった?」くらいの。
全然責めなかったんで。
で、意外とみんなね。リラックスしてました。なんか泣いてるかな?と思ったけど」

 

夫・子供にはいい物を食べさせ、自分は我慢

そして。子供たちが幼稚園に通うころ住んでいたのが練馬区大泉学園。

井桁弘恵「節約もされてっていう」

野々村友紀子
「旦那が賞レースとかまだそん時出てたので。
夫には国産の牛肉を食べさせて。
私はちょっと海外の安いやつを食べるとかっていうのを、こっそりやってましたね。
むっちゃ良くないですか?むっちゃ良い嫁じゃないですか?」(笑)

山崎育三郎「それ知ってるんですか?旦那さん」

野々村友紀子
「いや知らないと思います。見た目は一緒にして。
夫のとこだけちょっといいお肉やって。子供もねいいのにしてとかやって。
ちょっとずつ節約して、子供色んな習い事させてましたね」

 

ママ友の助け

「笑っていいとも!」の作家として仕事復帰…後押ししてくれたママ友の言葉

山崎育三郎「でもそういう環境で、どういうタイミングで仕事また戻られるんですか?」

野々村友紀子
「もう仕事戻れないんじゃないかって思ってた時に、「笑っていいとも!の作家で入りませんか?」っていう風に言っていただいて。
私の憧れの番組だったので。はい。
作家としてはやっぱりもうここには入れたらっていうのが私の中では強かったので。
「え~、これはちょっとやりたいな~!」って思ってたんですけど。

でも、やっぱり子供まだちっちゃかったんで。
(いいともは)夜に会議やったんですよ。
もう諦めようかなと思ってママ友にちょっとチラッとそういう「まあな~」っていう感じで相談したら。
いい!やりなよ!もったいないよ!そんなん子供見といてあげるよ!」って言って」

 

テレビ出演は恥ずかしかったけど、野々村さんお願いを断る方がイヤ

今現在の野々村さんの活躍を支えたのがママ友の存在でした。
長女が幼稚園の時からのママ友。さゆさん、ともちゃん、いくちゃん。

質問 野々村さんはどんなお母さんですか?

いくちゃん「一生懸命」

ともちゃん「一生懸命だよね。(幼稚園の)謝恩会で親たちが発表するんですけど」

さゆさん
「ディズニーをモチーフにやってたんですけども。
彼女は、アラジンのアラジン役。
ターバンをして、アラジン役を見事にやってくださいました。

それもとっても遠慮がちに、「私ちょっとこういうことやってるので、あの力になれるかな」っていうぐらいのすごく下から下から。
「だったらやります」みたいな感じで。バッチリやってくれました。

だからよく、あんな感じだから、お友達にも「野々村さんって怖いんでしょ~?」ってやっぱり言われるんですよ。私のお友達に。
だから、「100倍いい人だよ!」って。
「あのテレビで見るよりも、もっともっといい人よ」ってやっぱり言うし。

今回も私たち、すごい出るの恥ずかしかったんですよ。
だけど、恥ずかしいよりも、彼女のお願いを断る方が嫌だった
それが大きいから。顔出しみんなNGなんですけど、はい」

ともちゃん「本当だよね。恩返しって感じですね」

 

野々村さんの姿を見て、頑張ろうと思う

さゆさん
「ああ、頑張ろうって思いますよね。彼女があれだけ頑張ってると
だから、「昨日は気づいたら床で寝てたんだよね」って話とかをポロって言うから。
そこまで頑張ってるんだって感じですよね」

子育てしながら夜遅くに仕事。そんな時も支えてくれたのが、ママ友たちだった。

野々村友紀子
「「ご飯食べさせて、お風呂でもいれときゃいいんでしょ」ぐらいの感じで。
「やりなよ、やりなよ。もったいないよ」って言ってくれたんです。
で、当時、専業主婦のママ友が多かったので。

みんなが結構交代で
あの、「今日ウチで見てあげるよ~」とか言って。
「会議行ってきなよ」ってすっごい助けてくれて。それで、できました」

いくちゃん
「前は「今日こんなん出るんだよ。観て!」っていうのから始まって。
それがもう最近じゃ、どこをかけてもああ友紀ちゃんいるなって思うから。
(さゆさん「うん。毎日出てるから」)
ああ、友紀ちゃん元気だなって。一生懸命やってるんだなって。
それがなんか、こっちも頑張ろうかなって思うよね」

さゆさん
「だから、その人(友紀ちゃん)がそんだけ頑張ってるんじゃ、「ご飯つくるかぁ」って

いくちゃん「そうだよね」

 

家族ぐるみの付き合い渡部篤郎さん

そして、他にも家族ぐるみのご友人が…それが、俳優・渡部篤郎さん。
番組共演をきっかけに、すっかり意気投合!
夫婦同士で食事に行くなど、家族ぐるみの付き合い

渡部篤郎「すごいよね。やっぱ主婦層の人気ってね。先生はね」

スタッフ「でも、(野々村さんを)先生ってお呼びなんですね?」

渡部篤郎
「僕は先生っていうイメージなんですよ。
あのー、タレントさんでもあるだろうけど。
僕は多分、最初に野々村さんを知ったのは、その吉本の講師やってるのを番組で知ったので。
あ、先生なんだなと思って。

今までのその時間とか、会ってなかった時間とかっていうのは、もう全然気にならないぐらい、長くからの知り合いのような気がしますし。

で、修士くんっていう旦那さんが、あのホントに良いやつなんですよ。
良い出会いだったなと思いますね。

(野々村さんは)強い人だと思いますね。とっても。
旦那さんが芸人であったりとか。
そういうところで、支えてるっていうのもあるだろうし。

逆に旦那さんも野々村さんを支えてるっていうお互いの思いやりだったり。
でもそれは、強い人じゃないとできないことじゃないですか。
だから、人として強いんだなと思います。

で、僕の家族は、(野々村さんが)大好きだから。
いつでもこうなんでも、相談でももしあったらしてくださいねと。
いつでも会いたいと思っていますので。
あのまた、よいタイミング見つけていきましょう。ね」

野々村友紀子
「夫婦同士でお会いすることが多くて。
あの、お食事誘っていただいたりとかで。
あの、子供のお話っていうのはすごくしてますね。
家事の話とかも。ごみ捨ての話とかも。
渡部篤郎さんとごみ捨ての話してる!みたいな」

 

山崎育三郎「あと、ママ友ね」

野々村友紀子
「はい。ありがたい。ホントに。
ホントあの、ママ友がいたから、子育てなんとか乗り越えれた。
泣いてばっかりもありましたけど」

 

結婚生活

ず~っと喋ってる時が幸せ…夫婦2人の特別な時間を作る

山崎育三郎
「修士さんもとっても優しくて、寄り添ってくれる方だと思うんですけど。
結婚してよかったなと思う瞬間ってどういう時ですか?」

野々村友紀子
「う~ん、いっぱいありますけど。
でも、家帰ってすごく労って(ねぎらって)くれますね。
「お疲れ様~」って言って。で、「なんか飲む?」とか。

あの私のほんとなんか、うん。良い時も悪い時も知ってますし。
ホントに若い時から、苦労を2人で乗り越えてきたので。
何でも分かってくれるし。何でも話できるし。っていうので。

家帰ってからも、やっぱず~っと喋ってる時が幸せですかね。
2人でずーっと喋ってます」

山崎育三郎「それは、今日あった出来事だったりとか?」

野々村友紀子
「はい。子供がちっちゃい時も、子供寝てから、やっぱちょっと2人でお酒飲みながらとか。
あの、キャンドル灯してね。お酒飲んだりするんですよ。キャンドルですよ。あの、仏壇のろうそくじゃないですよ?(笑)

ちょっとベランダとかで、なんかちょっと…。
なんかそういう時間をわざわざ持つっていうのが。
私ね…夫婦の時間って紛れていくから日常に。
ちょっとこう枠を作るというか。
夫婦と今特別な時間ってすることで、なんかちょっとだけいい感じになったりとかっていう…するんじゃないかなって思って、ちょっと毎日努力はしてます」

山崎育三郎
「すっごい素敵ですね。それは。
実は今回修士さんから、お手紙をいただいてまして」

 

夫・修士さんからの手紙

『ゆきちゃんへ

毎年結婚記念日に花を送る際に、メッセージカードを書いてきましたが、こうやって手紙を書くのは初めてかもしれませんね。

大阪にあった劇場で出逢った綺麗で格好良くて、その上すごく面白いゆきちゃん。
30年前のあの時から、僕はずっとゆきちゃんに恋しています。

好きな映画や漫画、仕事であるお笑いの話を朝まで語り合ったり。
いろんな所に出かけ、綺麗な景色や美味しい食事を楽しんだり。
2人ともほろ酔いで夜風にあたりながら、手を繋いで歩いたり、その全てが楽しくてしょうがないです。
ゆきちゃんと一緒にいることが、楽しくてしょうがないです。

僕の人生のほとんどがゆきちゃんで良かった。

出逢ったあの頃から、2人ともずいぶん大人な年齢になりましたが、これからも2人で語り合って、ゲラゲラ笑って生きたいです。
ゆきちゃんとなら、僕は死ぬまで笑っていられるでしょう。

これからも何度も言うでしょうが、「ゆきちゃん、ありがとう。そして大好きです」

川谷修士』

 

1回の人生じゃ足りない…2人でまだまだやりたいことがある

野々村友紀子
「ありがとうございます。嬉しい。うん。すごい素敵な。
なんか、最近もうホント50歳になって。
もうちょっと先考えると、老後だったりとか、いつか離れちゃうのかなっていうのを考えると、最近ホントね…悲しくなるんですよ。
で、二人で「えっ、もうちょっと一緒にいたいね」って言ってるんです。」

山崎育三郎「え、なにこの夫婦~。素敵すぎない?」

野々村友紀子
「そうですか?で、2人でキッチンでね。お料理とかしながらね。
もうちょっと一緒にいたいね」って。うん。話して。(涙ぐむ野々村さん)
まだまだ行きたい所いっぱいあるし。話したいこともいっぱいあるねって。
なんか1回の人生じゃ足りないねっていう話を。
そんな話が出来る人と出会ってホント良かったなって私もうん、思ってますね」

山崎育三郎「いや、これもう宝物」(手紙を野々村さんに渡す)

野々村友紀子
「宝物です。嬉しい。何回も家帰って読もう。ありがとうございます。嬉しい」

 

最後に…

野々村友紀子
「ホント周りの方のおかげかなと思ってます。
出逢った人とそうなって行けるように、ほんとちょっとした毎日の努力みたいなんで、お互いすごい大事な人になれると思うんで。
キャンドルともしてください。

まだまだなんか楽しそう。自分でも。
また夫婦で楽しいこと見つけたいと思います」

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