今人気のK-POPガールズグループ。そのきっかけの1つとなったグループKARA。
そのメンバーの1人だったク・ハラ。
その物怖じしない振る舞いと底抜けに明るい性格に多くのファンが魅了された。
そんな彼女の名前が大注目された出来事…。
2024年8月28日。その名は、ク・ハラ法だった。
そう。彼女の名前が付けられた法案。
一体なぜ彼女の名前なのか?一体どんな法案なのか?
2009年にブレイクしたKARA…2016年解散状態に
2009年楽曲「ミスター」でKARAは大ブレイク!
その人気は、日本でも爆発!様々なメディアに引っ張りだことなった。
渋谷の109前で敢行したゲリラライブ。大混乱となり、わずか3分で中止に。
2014年、ニコルとジヨンが脱退。
さらに、2016年には、ハラ、スンヨン、ギュリの3人が事務所との契約を更新しないと発表。
これにより、KARAは事実上の解散状態に。
その後、ハラは別の芸能事務所に移籍し、芸能活動を続けていた。
そして、彼女は恐ろしいトラブルに巻き込まれることになる。
※当時の報道、裁判資料、関係者の取材などを基に再現する
ク・ハラを襲った恋人とのトラブル
美容師の恋人が暴力を受けたと警察に通報「一方的にハラが暴力を」(2018年9月)
それは、2018年9月13日深夜のことだった。
警察に1本の電話が。
警察官「はい、もしもし」
男「暴力を受けました!すぐ逮捕しに向かってください!」
通報してきたこの男性は、顔のいたるところに傷があった。
警察「逮捕って、誰に暴行を受けたんですか?」
男「恋人です。恋人にやられました!」
恋人から暴行を受け、通報したという。
その恋人とは…ク・ハラ(当時27歳)だった。
当時ク・ハラと交際していたこの男性。出会いは数か月前。カリスマと言われる美容師だった。
男「まったく。とんでもない女ですよ」
彼の話によると…
この日2人は別れ話をしていたというが、突然ハラが暴力を振るってきたという。
その出来事は、すぐに韓国中を駆け巡った。
一方的にハラが暴力をふるった。
そんな印象の報道に、彼女を非難する声が渦巻いた。
だが報道から5日後…
優しかった彼の変貌…非常に激しい束縛・嫉妬
交際が始まった直後、彼は非常に優しかったという。
が、1か月を過ぎた頃から、ある一面が現れた。
(兄と電話をするハラ)
ハラ「お兄ちゃんも元気でね」(電話を切る)
男「誰と電話してた?」
ハラ「あ~(笑)お兄ちゃんよ、お兄ちゃん」
男「また兄貴か!何をそんなに喋ることがあるんだ!」
(怒りながら歩いて行き、テーブルのペットボトルを払い落とす男)
非常に束縛が激しかったという。
たとえ相手が兄でも機嫌が悪くなる。
男性スタッフに嫉妬し、暴力をふるう彼氏…裸が映った動画で脅迫も
そして、あの暴力事件の2日前、運命の出来事が。
仕事の合間にマネージャと男性スタッフの3人で食事をしていると、彼氏からハラの携帯にメッセージが。
彼氏からのメッセージ『今何してる?』
この日はマネージャのほかに、もう1人男性スタッフがいたが…
ハラのメッセージ『マネージャーと食事中』
過剰に心配されるのを恐れ、男性スタッフのことはあえて言わなかった。
すると…マネージャに電話が。
(電話に出るマネージャー)
それはハラの彼氏からの電話だった。
マネージャー「ああ、どうも」
ハラの彼氏「今お電話大丈夫ですか?」
マネージャー「ええ、大丈夫ですよ」
ハラの彼氏「今、ハラはそばにいますか?」
マネージャー「ああ、いますよ。代わりましょうか?」
ハラの彼氏「ああ、いや。仕事中だったら大丈夫です。」
マネージャー「いや。今はハラと男性スタッフだけですから、大丈夫ですよ」
ハラの彼氏「ああ~…他の方もいらっしゃるんですね。でしたら大丈夫です。急ぎではないので」
ハラ「もしかして、彼からですか?」
マネージャー「ああ。でも急ぎじゃないから大丈夫だって」
これが、大変な事態に発展する。
2日後の9月13日深夜0時過ぎ。
ハラが自宅で寝ていると…
(酔っ払った彼氏が部屋に入ってきて、電気をつける。)
彼氏「おい!起きろ!なんでマネージャーの他に男がいたことを言わなかったんだ。」
ハラ「男って…。仕事でお世話になってるスタッフさんよ」
彼氏「ウソばっかりつきやがって!なめてんのかよ!ええ⁉」
(ベッドに乗り上がり、ハラに馬乗りになり手で殴り始める)
ハラ「キャー!」
(抵抗して反撃するハラ。彼氏の顔面に固いものがあたる。
ハラから離れる彼氏。顔面に傷がつき、血が出ている)
彼氏「いてっ!くそっ!ふざけんなよ!」
そう言うとスマホを取り出し…。
(スマホの画面をハラに見せる)
彼氏「今からこの動画を芸能記者に送る」
それはハラの裸が映っている動画だった。
ハラ「勝手に撮って!消すって約束したじゃない!」
(彼氏に詰め寄るハラ)
彼氏「離せ!」
(振り払う彼氏)
彼氏「お前の芸能人生、終わらせてやるよ」
(部屋を出て行く彼氏)
ハラ「ちょっと待って…」
(ベッドから起き上がり、彼氏を追うハラ)
その後、男性は警察に被害を受けたと通報したのだ。
警察は通報直前のエレベーターの防犯カメラ映像などから、この一連の出来事を事実として認定した。
暴力に関する裁判と日本に移した活動拠点
裁判は執行猶予付き判決&活動拠点を日本へ
そして、事件から1か月後…。
裁判でハラは「動画を撮られた時、その場で削除すれば彼の機嫌が悪くなると思い、機会を見て削除しようと思っていました。決して撮影に同意したわけではありません。厳罰を求めます」と述べ、プライベート動画の存在を自ら認めて、真っ向から戦った。
さらに、この裁判中、彼女はある決断をする。
日本の芸能事務所と契約し、活動の拠点を日本に移した。
実はKARAで来日した時、ファンと親交を深め、日本が大好きになっていた。
2011年、東日本大震災が起きた時には1億ウォン(当時のレートで約720万円)もの寄付をしている。
そして、事件から間もなく1年という頃。ついに判決が。
2人は恋人関係だったことから、意思に反して撮影されたわけではないと判断され、3年の執行猶予が付いた。
世間からのバッシング
判決を受け、世間からのバッシング
この一審判決を受け、「ク・ハラはもうテレビに出るな」「彼氏に暴力ふるったのになぜ被害者面?」「かまってちゃんな女だなぁ」などやっぱりク・ハラも悪かったのではとのコメントで溢れた。
マネージャー「そういうのはもうあまり見ない方がいいよ」
アイドルである彼女は、被害者でありながら責められた。
(スタジオで)
藤本美貴「私もアイドルのやってた時は、こんなにSNSなかったですけど。
「全然かわいくない」とかすごい言われてましたけど、全然私メンタル強いので。(笑)
そうですね。
「かわいくない」って言われても、「たぶんあなたよりはかわいい」(笑)
そう。たぶんあなたよりは間違いなく可愛いし。
こんなところに書き込んでる人たちを相手してる場合じゃないなって思うので。
私は全然見ても平気なタイプですね」
アイドルであるハラは裁判の相手である元カレのせいで、多くの誹謗中傷を受けた。
だが、ハラは吹っ切るかのように精力的に活動。
日本で全国ツアーを行い、大成功に終わった。
そして、ツアーが終わり、韓国に一時帰国。
日本のスタッフ「じゃあ、気を付けてね」
ハラ「はい」
ク・ハラの死(2019年11月)
28歳で死去『自分を愛せなくてごめん』
2019年11月23日。
彼女はインスタグラムに「おやすみ」と投稿した。
その翌日、ク・ハラは自宅で亡くなっているのが発見された。28歳だった。
自ら命を絶ったと報じられている。
自宅で発見されたのは、『自分を愛せなくてごめん』という趣旨のメモだった。
有名芸能人の突然の訃報。日本のメディアでも大きく報じられた。
多くの人が悲しみにくれ、葬儀には日本のファンも大勢駆けつけた。
ク・ハラの壮絶な人生
①貧しかった幼少期
いつも笑顔で明るかったハラ。
だが、彼女と兄は壮絶な人生を歩んできた。
家族は父と母。そして、2歳年上の兄ホインがいた。
父親は工事現場で働いていたが、収入は少なく生活は貧しかったという。
そのことが原因なのか夫婦仲は良くなかった。
(仕事から帰ってきた父)
ハラの母「洗濯物があるなら自分で洗って」
ハラの父「ああ…」
②9歳の時、母が突然いなくなる
そして、ハラが9歳の時、人生が大きく変わる出来事が。
母が家を出て行ったのだ。子どもたちに別れも告げず…。
(子供たちが外で遊んでいるのを横目に声もかけず、荷物を持って出て行く母親。子どもたちは遊んでいて気がつかない)
幼いハラの人生に大きな影を落とした。
③父が服毒自殺を図る
その数日後…
(部屋で遊んでいるハラと兄。部屋に入ってくる父)
ハラの父「おい!ジャジャーン!」
(クマのぬいぐるみと車のおもちゃを2人に見せる)
子どもたち「何これ!?」
ハラの父「お父さんからのプレゼントだ!」
ハラの兄「あれ?でもなんで?今日は誕生日でもないし…」
ハラの父「いいから いいから。これからも2人仲良くいい子でいるんだぞ。」
2人「うん!ありがとう!!」(喜ぶ2人)
だが、間もなくして…
(ガタン)
2人「??」
(立ち上がり様子を見に行くハラと兄
別の部屋の扉を開けると、倒れている父が。父の近くには薬のビンが転がっている)
2人「お父さん!お父さん!!お父さん!!」
父が服毒自殺を図ったのだ。
兄「お医者さん呼んでくる!」
(号泣するハラ)「起きてよ!!お父さん!!お父さん!!」
母親が出て行ったことに絶望しての行為だった。
なんとか一命をとりとめた。
④父は出稼ぎに…叔母に預けられ育てられる
その後、父親は2人の子供を養うため、出稼ぎに。
ハラの父「ホイン、ハラのことをよろしくな。ハラ、お兄ちゃんの言う事を聞くんだぞ」
その間子供たちは、父親の妹夫婦のもとに預けられた。
叔母(父の妹)「さあ、できたわよ。遠慮なく食べてね。おいしいわよ」
叔父「ハラ、肉もあるぞ。ホインも沢山食べないと大きくなれないぞ」
その夫婦にも2人の子どもがいたが、分け隔てなく大切に育てられた。
後にハラもこのように語っている。
(日本の番組の出演映像)
ハラ(当時実物)「私を育ててくれた叔母さんが、毎日私に言ってくれたんです。
「今日も変わらず、かわいくて愛おしいハラだよ」って」
一方で、ハラは…
「なんでお母さんは私たちを捨てたの…?」
(街中で楽しそうに歩いている母親と少女を見つめる幼き日のハラ)
いつまでも母の愛を求めた少女時代。
やがて彼女はこんな夢を描くようになる。
(スタジオで)
鶴瓶「SNS見る?」
佐藤栞里「最近番組のスタッフさんに「栞里ちゃん、この前この神社行って絵馬書いた?」って言われて。
その神社に行った覚えもないな…って。でも人違いなのかな?と思って。
で、「写真を撮ったからちょっと見てみて」って言ったら、私の名前とお願い事と実家の住所が書いてあって。(スタジオ「え~!」)
「え…怖い!」って思ったら、その字にすごい見覚えがあって。
「うわ~!お母さん!」ってなって(笑)
すごい嬉しかったけど、一報を入れました。
「あの、住所だけはちょっと…」って」(笑)
鶴瓶「小峠、結婚おめでとうございます」※2025年6月に結婚を発表
バイキング小峠「ありがとうございます ありがとうございます。
もうちょい、めでたい感じで言ってくださいよ」(笑)
鶴瓶「小峠絶対あるやろ」
バイキング小峠「僕も何年か前に、知らない番号から電話がかかってきて。
まあ出たら、「小峠さんですよね」つって。
で、「誰ですか?何で知ってるんですか?」(って言ったら)。
「いやいやいや。あの、それはいいじゃないですか」みたいな。
男からね。で、まあ切ったんですよ。
で、まあ、「危ねぇやつ」って登録したんですけど。(笑)
ほんで、次の日ぐらいもかかってきて、無視して。
そっから、かかってこなくなったんですけど。
それがだんだん腹立ってきて。俺がかけてやろうと思って。
そっから1週間ぐらい毎日、その危ねぇやつに電話して。
で、向こうからすると「また小峠からかかってきた」「あ、また小峠からかかってきたよ」って」(笑)
母との再会
テレビに出れば母に会えるかも…
いつも母親の愛を求めていたク・ハラ。
やがて彼女はこんな夢を抱くなるようになる。
それは、テレビに出れば母に会えるのでは…ということ。
しかし、有名になっても母親は姿を見せなかった。
そしてKARAの活動休止後、ハラはある行動に出る。
これが後に大変な事態に!
KARAが活動休止状態になって1年経った2017年。
ハラは様々な不安からか、心を病み、うつ病と診断された。
そして…母親に捨てられた夢を頻繁に見るように。
通っていた心療内科からはこんな提案が。
医師「一度お母さんに会ってみてはどうですか?心のバランスを取り戻すきっかけになるかもしれないですよ」
9歳の時突然いなくなった母親。17年が経ち、心の整理はついている…そう思っていたが、母に対する思いは日に日に大きくなっていた。
その頃に書いた日記が残っている。
『お母さんに会いたい。お母さんが恋しいし、感じたい。いつも心の奥にしまい込んで、本当の思いを隠していた。』
そしてハラは…
(育ててくれた叔父・叔母の家を訪ねるハラ)
叔母「え⁉ハラ?どうしたの急に」
ハラ「私、お母さんに会いたいの」
叔母「ハラ、その気持ちは分かるけど…」
ハラ「お願い!お母さんに会えれば、何か変われると思うの。
私たちを捨てた人かもしれないけど、もう一度だけでいいから会ってみたいの」(泣くハラ)
叔母は母親に連絡を取った。
そして、運命の日が訪れる。
母親に再会するが…母の態度に絶望
(母親の家に行くため、道を歩くハラ。豪華な大きいマンションを見る)
ハラ「ここだ…」
(チャイムを鳴らすハラ)
ハラが自宅を訪ねていくと…
(玄関の扉があき、母親が出てくる)
ハラ「あ、こんにちは」
17年ぶりに見る母の姿。
母親「ハラ!よく来たわね!さあ、入って 入って!いや、もうこんな立派になって」
笑顔で迎えてくれた。
母親「さあ、入って。暑かったでしょ」
(笑顔で部屋に入るハラ)
母親「みんな!ハラが来たわよ!」
(部屋に入ると、4~5人の母の友人・知人が…)
ハラ「え…」
母の友人たち「え!嘘でしょ!本当にハラちゃんじゃない!可愛いわね!」
母の友人「本当にハラちゃんのお母さんだったのね」
母親「だから言ったでしょ。うふふふふ(笑)」
夢にまで見た母との再会だったが、母は「私が有名人ク・ハラの母よ」。そんな振る舞いだったという。
さらに…
母親「そうだハラ!せっかくだから一緒に写真を撮ろう!」
ハラ「いや、でも…今日は内緒で来てるから…」
母親「大丈夫よ!誰にも見せないから安心しなさい」
(無理やりハラをソファに連れていく母)
母親「ほら、撮って撮って」
(ハラに抱きつく母)
娘との再会を心から喜んでいるようには見えなかった母。
ハラはまたも傷ついてしまった。
後にこのことを兄・ホインに話した。
ハラ「やっぱり会わなければよかった。あんなに恋しくて、だから恨んで恨んで。なんとか忘れようとしてきたけど…。もうあの人に対してなんの感情も湧かなくなった」
ハラの日記にも
『私が…嫌いなのかな。私という存在が面倒なのかな。
私は誰ですか?私は何をすればいいですか?
私は誰ですか?私は愛されてもいいですか?
大丈夫、大丈夫、ハラ、大丈夫、大丈夫』
ハラの様子を心配した兄が送ったメールが残されている。
『お願いだから良くないことを考えないで。苦しまないで。
時間が経ったら、結婚もして子供も産んで、幸せな人生を送ってほしい。
悲しい時には思う存分泣いてもいいから…』
このメールにハラもこう返していた。
『愛してるよお兄ちゃん 心配しないで』
ハラの遺産を狙う母親との戦い
葬儀に突然現れた母…自分はハラの母だ!なぜか会話を録音
しかし、2019年11月。
日本でのツアーが終わり、韓国に帰国すると、彼女はSNSに「おやすみ」と投稿した翌日、自宅で亡くなった。28歳だった。
ハラの葬儀の最中に、母親が突然来て斎場のスタッフに言う。
母親「遺族のものだけど、喪服を出して」
スタッフ「あの…どちら様で?」
母親「どちら様って、あんた。ハラの母親です」
スタッフ「名簿にはそのような方のお名前は…」
(母親に気づく父と兄)
父「何で来てるんだ」
(母親に近づいていく父)
父「なんでお前がここにいるんだ!」
母親「なんで?ハラは私の娘よ。母親が娘の葬儀に出るのは当たり前でしょ」
父「今さら急に現れて何が母親だ!どういうつもりでここに来たんだ!いいから、早く追い出せ!なんなんだ!いまさら!」
兄「ちょっと、外で話しましょう」
(会場から出る兄と母。追う父)
父「どの面下げて!」
母親はまさかの言葉を口にした。
母親「私が喪主を務めます。喪服を用意しなさい」
父「何を言ってるんだ。」
韓国では家族だけが着る喪服がある。それを着て自分が喪主を務めると言い出したのだ。
兄「はっ?喪主だ?自分が何を言ってるのかわかってるのか?家族を捨てて、その後一切連絡もよこさなくて。
ハラがあんたをどれだけ恋しがっていたのか分かっているのか!?」
父「いいから帰ってくれ!なんで今更母親面できるんだ!」
そのとき!兄の目に入ったのは、母親が手に持っていた携帯電話。
兄「えっ!それ何してるの?もしかして録音してるの?なんで録音なんてするんだよ」
母親「あんたが後で言ってないとか言うかもしれないからね」
兄「とにかく今日はお引き取り下さい」
母親「ホイン、後悔するようなことはしちゃダメだよ」
(去っていく母親)
父「後悔?何が後悔だ!」
韓国の法律…離婚し、親権を放棄しても子どもの遺産を相続できる
そして、葬儀に母親が現れた理由が明らかになる。
ハラの葬儀から2日。
(兄の家のチャイムが鳴り、玄関のドアを開ける兄)
兄「どちら様?」
男「私、お母様の弁護を任されている者です」
兄「母の弁護?」
(部屋に入る兄と男)
男は母の弁護士だと名乗り、とんでもないことを言い出す。
弁護士「ハラさんの遺産に関してですが、彼女には配偶者やお子さんがいませんので、半分はお父様。そして、もう半分はお母様が相続することになります」
兄「え?いや、ちょっと待ってください。
あの人はずいぶん前に親権を放棄していると父から聞いています」
実は母が家を出てから6年経ったある日、父に電話が。
母親「私よ。正式に離婚の手続きをしてほしいから、裁判所に来て」
こうして、裁判所で正式な離婚の手続きを行った。
父「親権も放棄するとあるが、本当にいいのか?」
母親「ええ」
(書類にサインする父)
母親「ありがとう。じゃあ、よろしくお願いします」
この時、子どものことに関して一切聞いてこなかったという。
兄「あの人はもうすでに親権を放棄しています。
そんな人がハラの遺産を受け取れるわけないでしょ?」
だが…
男「いや、これは法律で決められている事ですので。」
韓国の法律では、配偶者や子供のいない人の遺産は原則として両親が5:5の割合で相続すると定められている。
韓国では離婚をし、別の人と再婚していても変わらず5:5の権利がある。
たとえ親権を放棄していてもその効力は失われない。
KARAで一世を風靡したハラは派手な生活を好まず、倹約家だっといい、不動産など数億円にものぼる資産があると報じられていた。
男「今後の手続きに関しては、また追ってご連絡させていただきます。では、今日のところはこれで」
兄「弁護士さん。母からは直接連絡は来ないんですか?」
男「ええ。この件に関しては、全て私共が任されておりますので。では、失礼いたします」
兄「なんであんな奴に…」
突然家族を捨てて出て行った母。
いつか戻ってくる…その気持ちを捨てきれずにいたが、結局、電話の一本もなかった。
寂しさに耐え、兄妹で手と手を取り合い、支え合ってきた。
なのに、妹が亡くなったとたんに現れ、「遺産をよこせ」とは。
兄(心の声)「絶対に認めない」
兄は、戦う事を決意した。
始まった裁判(2020年7月)
兄「20年間一度も会いに来ず、電話の一本もなかった」
そして、2020年3月。
弁護士を雇い、親権を放棄している母親の相続を認めないように裁判所に訴えることに。
弁護士「よし、これを裁判所に提出しましょう」
世間もこの騒動に注目。
(当時のニュース映像)
アナウンサー「昨年11月に亡くなった歌手のク・ハラさんの遺産相続をめぐって、法廷訴訟が起こっています。」
(ある記事の見出し)
『ハラを9歳で捨てた母 相続の資格はある?』
そして父は兄にこんな提案をする。
父「俺はお前たちに、父親らしいことはなにもしてやれなかった。
だから、ハラの遺産を受け取る資格は俺にはない。
お前がずっと父親と母親。両方の役割を果たしながら、ハラを支えてきた。
あの子のお金はお前が受け取るべきだ。
その方が、ハラも喜ぶだろう。」
父親はハラの遺産を全て兄に譲渡することにした。
2020年7月、裁判が始まった。
(法廷)
(証言台に立つ兄)
兄「母は妹が9歳の時に家を出て行きました。
それから20年もの間、一度も私たちに会いに来ないどころか、電話の一本すらかけてきませんでした。
それなのに、ハラが亡くなった途端、突然現れて遺産を要求してくるなんて、絶対に許されることではありません。
私や父の目的は妹の遺産を独り占めすることではありません。
妹の遺産は、私たち兄妹のように親に捨てられ、厳しい環境に苦しんでいる子どもたちを支援するために使いたいと考えています。」
ハラの遺産で、育児放棄され、苦しむ子どもたちを救う財団を設立する事を決断。
裁判官「お母さんは何か言いたいことはありますか?」
母親「私たちは子どもたちのことを常に思っていました。ハラは私がこのお腹を痛めて産んだ子です。私には、あの子の遺産を相続する権利があります」
母親に取材「夫の暴力に苦しんでいた」「会いに行きたかったが行けなかった」
母親の取材に唯一成功したという人物にコンタクトをとった。
元テレビ朝鮮のキム・ソンジンプロデューサー。
キムさん「20年ぶりに現れて遺産を要求している母親。一体どんな人なんだ?と世間が注目していました。我々も何とかして直接話を聞きたいと思っていました。」
キムプロデューサーが母親の自宅近くで張り込んでいると、歩いている母親を発見。
キムさん「すみません。ちょっとお話をお伺いしたいんですが?」
すると…急に走って逃げる母親。
追いかけるキムプロデューサー。
キムさん「すみません。ちょっとでいいですから」
逃げ出したものの、観念したのか。
母親「もう、何なのよアンタたち!まったく…」
(公園のベンチに座る)
母親「ホインは分かってないのよ。私が浮気をして家を出たと聞かされてるから」
キムさん「違うんですか?」
母親「私が家を出たのは、夫の暴力に苦しんでいたからよ」
なんと、家出の原因は夫の暴力だと言い出した。
しかし、そんな事実は確認されていない。
さらに!
母親「片時も子供たちのことを忘れたことはなかったわ。
お金もなかったし、体調も悪くて、会いに行く事はできなかったの」
と答えたが、実際には家を出た後、すぐ近くに住んでいたにも関わらす、一度も会おうとしなかったのだ。
さらにあの葬儀の日。
母親「私だってハラの葬儀の日にはこんなふうに泣いていたのよ!
(床に座り、演技する母)
「あ~ハラ!なんでこんなことになってしまったの?あ~ハラ…」(泣いたふりをする)」
葬儀場の外で泣きながら姉に事情を説明。
すると、母親の姉は「じゃあ、弁護士に相談してみたら?」。
母親「えっ?弁護士?」
そこで弁護士から相続のことを聞き、権利を主張したという。
更には母…
母親「あっ、そうだ!これを見て」
(スマホを取り出す)
みせてきたのは、ハラとの写真。
誰にも見せない…そう約束していたのに。
キムさん「母親はあの写真を自慢げに私に見せてきました。
「ハラは私に会ってすごく喜んでいた。あの子は自分から私に会いに来たのよ」そう言っていました」
さらに、誰にも見せないという約束を破り、自分のSNSにもその写真をアップしていた。
それにハラも気づいていたという。
ク・ハラ法を成立させる!
実は母との裁判が始まる直前から、兄は韓国の国会でこう訴えていた。
兄(実物・当時)「ハラと私のような悲劇が再び起きないように『ク・ハラ法』を成立させたいと思っています。
それが、愛する妹のために私がしてあげられる最後のプレゼントだと思っています。」
ク・ハラ法。
それは、親として養育義務を果たしていない場合、その親は相続する権利が一切なくなるという法律を作ろうとしたのだ。
それにはある記事が関係していた。
2014年のセウォル号沈没事故。
育児を放棄していた親が、亡くなった子供の保険金の相続に名乗り出て社会問題となっていた。
このことを知った兄は法律改正に動き出していた。
ク・ハラ法。
ク・ハラとは、韓国語で「救え」という意味。
母親との裁判までに法整備は間に合わなくても、二度と自分たちのような悲しい思いをする人が出ないよう立ち上がっていたのだ。
裁判所が下した判決は…相続の割合6対4
2020年12月18日。
母との遺産を巡る審判の日。
裁判所が下した審判は…
(審判の結果の書かれた書類を見る兄)
兄「相続の割合は…6対4?そんな…」
弁護士「6対4でもかなり異例の審判だと思います。残念ですが、これが今の韓国の現状です」
相続の割合は、父親が6割、母親が4割を相続するというものだった。
担当したノ・ジョンオン弁護士は…
ノ弁護士「韓国の法律では家族を殺害したりしない限り、無条件で父と母が5対5で遺産を分け合います」
自分たちを捨てた母親にハラが必死になって貯めたお金が4割も渡る。
兄にとっては到底納得いかない結果。
兄「ク・ハラ法は絶対に成立させましょう!お願いします」
自分のような悲しい思いをさせない。
親権を放棄した親に遺産を相続させることを認めないク・ハラ法を作る。
兄のこのような強い意志に、なんと10万を超える署名が集まった。
2024年8月28日ク・ハラ法が成立(2026年1月施行)
母親との裁判から4年後の2024年8月28日ク・ハラ法が成立し、2026年1月から施行されることになった。
そして、兄はまだあきらめていなかった。
亡くなった妹のために戦いを続けていた。
ハラに対しての暴行・脅迫の罪で起訴された元交際相手の男性に執行猶予がついたことを不服として最高裁まで戦った。
そんな努力もあってか、ハラの動画は拡散されることはなかった。
さらに、親権を放棄した母親に、遺産の4割を渡すことになったが、母親に対して別の訴えを起こした。
それは、親権を放棄していても遺産を相続するなら、せめてハラと兄の養育にかかった費用を払えというもの。
その訴えは一部認められ、6720万ウォン(約683万円)の支払いが命じられた。
最愛の妹を失って6年。
兄は今でも深い悲しみに襲われることはあるが、少しずつ前を向いて歩んでいるという。
一方、ハラが所属していたKARAは、2022年にかつてのメンバーが集まり再始動。
そして、2024年8月、9年ぶりに日本でコンサートツアーを開催した。
