ゲストは、昨年デビュー20周年を迎えたSUPER EIGHT 村上信五さん
MCに向いてるともやりたいとも思っていなかった
自分は明るいだけで、面白くない
藤ヶ谷太輔
「そうやってデビューしてる時は、いつかMCでというよりは、徐々にですか?」
村上信五
「いやもう、徐々に徐々に。
もう徐々にどころか、元々そんなん向いてるともやりたいとも思ってなかったのね」
鶴瓶「思ってなかったん?」
村上信五
「思ってなかったです。一番最初は、当時の(渋谷)すばるくんと横山(裕)くんがもう圧倒的なキャラを持ってたから。
面白かったし、ワードセンスもすごかったから。
で、そんなんがもうでけへんと。
で、当時の「8時だJ」っていうジュニアの番組があって。
ボケたらヒロミさんにツッコんでもらって、テレビに映って、こう目立てるっていうのが1つのパッケージになってたんですよね。
でもそん時に、ツッコミってヒロミさん除いたら誰もおれへんなと。
あ、ほんならツッコミってもしかしたら隙間でいけるかも!っていうぐらい間縫わんと。
ただの明るいキャラクターしか持ってなかったの。
オモロイことなんて全然言えなかったから。
だから、今でもそうやと思ってるし、それは。
で、そのツッコミをちょっと勉強せななと思って大阪の番組の方で。
まずそこからやったな。ほな、ちょっとずつ」
ハイヒールモモコさんに全部教わった
ロケのやり方、スタジオでの在り方、ゲストに対する立ち振る舞い
鶴瓶「あれ何て番組やっけ?大阪の」
村上信五
「えー、大阪のそれこそね、ハイヒールのモモコさん。はい。
モモコ姉やんとやらしていただいた番組があって」
鶴瓶「モモコにお前だいぶ教えてもうたやろ?」
村上信五「もうほぼ俺の今の根幹は、モモコさんと…」
鶴瓶「モモコ自身が言うとったわ。あの子育てたんは私やって」
(鶴瓶さんとハイヒールモモコさんの取材時の2ショット写真が映る)
村上信五「でも、そうです」
鶴瓶「モモコとやったんが、いいよね」
※情報バラエティ『モモコのOH!ソレ!み~よ』(関西テレビ)…2003年(21歳)から9年半、レギュラーメンバーとしてハイヒールモモコさんと共演
村上信五
「そうっすね。うわ~。もうロケのやり方からスタジオの在り方とかゲストに向かってのこのねえ?立ち振る舞いとか」
藤ヶ谷太輔「あ、全部教えていただいたんですか?」
村上信五「全部!」
鶴瓶「最初はもう何て言うの。バッグも持ってなかった。ビニール袋でウロウロして」
村上信五
「ホンマお金もなかったのよ。ホントデビュー前からデビュー直後。
(モモコさんは)僕の芸能の育ての姉ですから。もう一生足向けて寝れませんしね」
学生時代
よく喋る明るい人
鶴瓶「ほんで、学生の時からもうよーう喋る言うてたもん」
村上信五「普通普通。ほんまこんな感じ」
鶴瓶「お前生徒会の副会長やったんやろ?」
村上信五「誰?誰に聞きました?そう。そうそう」
(村上さんの母校・大阪府高槻市立芝谷中学校の校門前で撮った鶴瓶さんの写真が映る)
村上信五「えーー!!鶴瓶さすがやな。母校母校。さすがですわ」(笑)
鶴瓶「いやいや、良かったよ、ここ。先生も来てくれて。友達も来て」
(同級生武富さんと木村さんの写真が映る)
村上信五「いや、ありがたい」
鶴瓶「だから、木村特に言うとったわ。全然変わってない」
村上信五「アハハハハ(笑)!いや、変わってるよ」
鶴瓶「よう会うやろ?」
村上信五「会います会います、いまだに」
藤ヶ谷太輔「じゃあ変わってないってことは、クラスでもこうなんかワーッて明るい」
鶴瓶
「ずーっと喋ってんねんて。だから、なんか言うてきたんやけども。
アイツ何しに来たんやいうの。何のために来たんやいうの。
喋ったら喋ったで帰るねん。何しに来たんや。これ多かった言うてたで」
村上信五「明るいだけ。ホンマに。面白いことも言えない」
鶴瓶「よーう喋ってた」
藤ヶ谷太輔「喋るのが好きだったんですか?子どもの頃から」
村上信五
「たぶんこれは母の血。うちの母は俺より喋るから。
いやそれでいうたら、全然俺より話の起承転結ちゃんとしてるし。なんか…。
その血はあると思う。
父はまあ比較的…寡黙な方かな~」
テストをカンニングさせてくれた友人
鶴瓶
「そうそう。その時先生いてはってね。
あとでこいつらも(村上さんの同級生三原さん、西原さん)仕事終わった後に来てくれたんや」
村上信五
「みは(三原さん)はね~、今は学生さんマネしたらあかんけど。
ホンマに勉強がでけへんかって、50音順で並ぶ…名前ね。
まみむめもでむの前みで三原くんやったんすよ。
三原君はね~。ようテストカンニングさしてくれてね~。(笑)賢かったから」
鶴瓶「あ、三原くんが賢かった?」
村上信五
「三原くん賢かったからね。右の方のいす(足で)コンコンって叩いたら、答案右にしてくれんの。
右終わったら、左蹴ったら、左にやってくれんの。
これを仕込みに仕込んで。
まあ、すぐバレたんは当然、○のとこと×のとこ全く一緒やから、すぐバレた。
先生に大かんむり食らう」
藤ヶ谷太輔「ちょっとずらさなきゃ駄目ですよね。完全一緒って」
村上信五「せやで。そんな発想ないやんか、当時」
芸能界に入ったきっかけ
同級生の女の子に勧められて自分で応募…受かったら高校行かなくていいかも
鶴瓶「でも、よう通ったな、この世界」
村上信五「いや、また不思議」
鶴瓶「誰が出したんや?」
村上信五
「これは自分で出したんです。出したのは。
ただそれも、えー当時、同級生の女の子がいて、こんなんがあると。
でも大阪の人間からしたら、そん時入るとかピンときませんやんか。
でもむっちゃんって言われてて。
「むっちゃん、かわいい かわいい」って言われて」
鶴瓶「ああ、言われとった、言うとったわ、かわいいかわいいって」
村上信五
「言うとったでしょ?木村も。
で、ほんなら、「行ったら?」って言われて。
いや、そんなん…その当時恥ずかしいし。
「いやいや、そんなん行ってもなあ?」みたいにごまかしてたんですよ。
いけるはずもないと思ってたから。
で、あまりに言ってくれるから、送ったんですよ。
ほんで、それも親にバレたらあかん…言うてないですからね。
で、受験控えてた時やったんで。
「ああ、いよいよ勉強せなアカンか。でも、もしワンチャンこれ受かったら、高校行かんでもええと。勉強せんでもええかも分からん」ぐらいな感じで、ちょっと家から離れた郵便局にそれ出しに行って。」
鶴瓶「なんでやの?」
村上信五
「それ親にバレたら嫌ですやん。
ほんで家帰ったら、後日(母に)「アンタなんか通知出したらしいな」って言われて。
「え?何で知ってんの?」っていうたら、「あんたどこどこ郵便局で出したやろ」。
「出した」。「あんた喋ってたん、なんとかさんとこのお母さんやで」って言われて。
「あ!内通されてたんや」って。(笑)
そしたら、狭いですね、当時近所の…。
ほんでまあ、「どうせそんなん通るわけないないから、アンタ勉強しいや」って言われてたら、家に当時電話かかってきたんが最初やってん。
で、そこのオーディションにいたんが横山(裕)くん。」
横山裕さんとの関係
エースだった横山さん…いなかったら、今の自分はない
藤ヶ谷太輔「(横山裕さんと)28年一緒?最初の頃なんか、もうずーっと俺にくっついて来てたって」
村上信五「ああ、そう。そう。もう全部。何もでけへんかったから。ホンマに!」
鶴瓶「よこ(横山裕)はちゃんとしとったんや?」
村上信五
「よこ(横山)はもうエースでしたから、関西の。
すぐに映画やドラマバンバン出て、CMも出るわっていうて。
もーーう、エースです。
だから、ホンマに言うてるんですけど、僕横山さんいなかったら、今の自分ないですもん。
僕ら世代の関西を一番最初引っ張ってくれたのはよこ(横山)やから、とにもかくにも」
藤ヶ谷太輔
「ああ、そうなんですね。でもね、あのおんなじこと言ってました。
今の俺があるのはあの人のおかげやって。村上君のこと」
村上信五「いや~とうとうアイツそんなん言うようになったのか、人前で(笑)」
藤ヶ谷太輔
「言ってました。ただ、色んなことがあったし、やっぱりもう最年長の2人だし。
なんか俺らもうライブでもう涙もろくなってしょうがないと」
村上信五
「いや、20周年の時初めてですよ。たぶんお互いあいさつで涙でてもうたんも。
でもなんか、その悲しいとか嬉しいとかそんなんじゃなくて、ホンマによう分からん20年よく…」
藤ヶ谷太輔
「まあ、たぶん、お2人にしか分からない空気感というか。あのーそう。
だから、別にあの仲良いわけじゃないと。
楽屋にいても一切しゃべらないと。(村上「うん、喋らへん」)
でも、なんかあった時の相談とかはまあ俺らですること多い」
メンバーの中で一番しっかりしてない自分と横山さん
鶴瓶
「まあ、よこと2人がまあ一番上やんか。それがキッチリしてたら、下はまあちゃんとついてきよるやろ」
村上信五「いや、そこのね、俺とヨコが一番ちゃんとしてないから」
藤ヶ谷太輔「じゃあ、一番しっかりしてるってなると?」
村上信五「いや、それはやっぱ大倉(忠義)よ」
鶴瓶「大倉しっかりしてんの?」
村上信五
「大倉しっかりしてますよ。やっぱ親父の血も強いしね。(笑)
でもやっぱコンサートの根幹考えてくれてんのもそうやし。
まあある時からね、着々とプロデュースの所にもね、行き届かして。
ほんで、音楽の所に関しては、もうもちろんヤス(安田章大)がやってくれて。
まあバンドのとこはね、マル(丸山隆平)がベースでやってくれて。
楽器なんて、僕とヨコが一番最後にえーピアノやって」
鶴瓶「お前カスタネットやろ?」
村上信五
「デビューん時ね。(笑)
カスタネットも持たせてくれへんかった。
最初、俺とヨコ、拍手だけやってん。(笑)
「エンヤコラセー♪(手拍子)」これだけやったんよ。(笑)
だから、「拍手の音がちょっとダメだからもう1回行こうか」って、「何が変わんねん!」って。(笑)
で、ヨコは今もうトランペットもギターも」
鶴瓶「ダンスはできんのかいな?今は」
村上信五
「ダンスできるからやっとんねん!(笑)
だから、我々の仕事せやもんな?歌って踊るところからですやんか、そりゃ」(笑)
鶴瓶「お前そういう人間やから。ごまかしてごまかして」
村上信五「でも、そうそう。ほんまそう。ずっとごまかしながら来た人生やから」
SUPER EIGHTに改名
横山裕さんが発案…スーパーサイヤ人のような強さを追加
鶴瓶「でもうまいこと付けたなSUPER EIGHT」※2024年2月にSUPER EIGHTに改名
村上信五「これはもう横山君がもうポンと出した。そう」
藤ヶ谷太輔「じゃあ、みんなで集まって、じゃあその名前をどうするか…」
村上信五「会議はもうもう何遍もしたよ」
藤ヶ谷太輔
「だから僕らのなんかこう思いだけじゃないじゃないですか。
応援してくださってるファンの方の思いとか。」
村上信五
「もう、それのみよ。もうそれだけ。
10周年超えたあたりから、もう自分らのもんじゃなくて、自分らのものじゃなくなった感覚やったから」
藤ヶ谷太輔「ああ、ありました?10周年の時」
村上信五
「あった あった。で、20周年言うても、関ジャニ∞の20周年であって。
別に俺らの20周年でも何でもなかったから。
だから、その20周年を名前変えて20周年祝うっていうのもピンとこなかったのよ。
ほんでそん時に、まあまあ色々あったけど。
だから、俺が言うたんは、もう「嵐2でいこう!」言うてんけど。あかんかった、これは。(笑)
今は笑ってくれるけど、会議でも大してウケへんかったし。」(笑)
藤ヶ谷太輔「ウケない嵐2やばいっすね」
村上信五
「そうそう。ヤバかった ヤバかった(笑)
で、そんなんもあって、ヨコ(横山)が「∞(エイト)だけにする」とかっていうのもあってんけど。
何か弱くなった感じがするから、もっとやっぱ強くなって…。
ほんで、分かりやすく、なんかちょっとふざけててもいいし、子どもも覚えられるぐらいの方がええと。
ほんで、ドラゴンボールって作品。鳥山明先生が書かれたやつあったじゃないですか?
サイヤ人からスーパーサイヤ人になったらもっと強くなるから、なんか俺らもそういう感じでスーパーエイトでええんちゃうん?ってなったら、メンバーがもう「あ、ええやんもうそれで。しっくりきたし」。
もうスタッフが何を言おうが5人で決めて、これが一番しっくりきたから、もうSUPER EIGHTでいこうっていう」
藤ヶ谷太輔
「(横山裕くんが)あれだけやっぱこのまあSUPER EIGHTをデカくしてくれたのは村上君だって。色々これだけやっぱ先陣切って出てくれて。メチャメチャ感謝してるっていう」
村上信五「うそやん…。人づてに聞いたらちょっと泣きそうなるな、それ。なんか…」
横山裕さんが見る村上さん
面白いからもっと1人で出た方がいい&勉強熱心
藤ヶ谷太輔
「A-Studio+に今回村上君来てくださってとか言って。
それをまずすごい喜んでて。
で、「アイツはやっぱ自分がこう招くことばかりする」と。
で、「自分で一人で行くのはなんか苦手だと。俺は面白くないし、バラエティに向いてないって(村上「そうそう」)言ってるけど。俺はあいつは面白いと思うから、もっと1人で出た方がいいってこれをアイツに伝えといてくれ」って」
村上信五「それは初めて聞きましたわ」
鶴瓶「嬉しいやろ?」
村上信五
「いや~。でもこのやっぱ20年…グループとして20年と間もなく30年っていう時間経て聞くのは、沁み方ちょっと違いますけどね。
いやでも、そういうメンバーと今グループで一緒におれてることは誇りですもん」
藤ヶ谷太輔
「あとやっぱとにかく、勉強熱心だって。
MCやる!って決めてからのもう熱量と勉強量は半端ないし。」
大きかった北野武さんとの出会い
本気でMCやるなら色んなことを勉強した方がいいと渡してくれた本
藤ヶ谷太輔
「出会いでいうと、その横山君が言ってたんですけど。
あのーたけしさんとの出会いが大きかったんじゃないかって」
鶴瓶「せやろな」
(うなずく村上さん)
村上信五「ビートはでかかった」(笑)
鶴瓶「ビート言うな、アホ」
村上信五「(笑)北野さんは」
藤ヶ谷太輔「何がどう大きく変わりました?」
村上信五
「いや、たまたま特番で、ルーヴル美術館のアートの特番ご一緒させていただいたんですよ。
※「世界!極限アーティストBEST20」(2016/日本テレビ)
で、たけしさんもちろんアートにも造詣深いし。
で、全く分からへんけど、まあそれもなんか日テレの方がなんかマツコさんとやってんねんやったら、たけしさんもできるんちゃうか?ぐらいの感じでキャスティングしてくださったんですね。
その時の会見で、「いやMCとしてはなんかもう十分だよ。この世代だったら」。
で、ホンマにそのうち、「もう紅白ぐらいやるんじゃないの?」とか。
「ジャニーズの大看板になるよ」って、まあリップサービスかもしれんけど、言ってくれはったの。
で、それを結構真に受けて。
「ほんまですか~?」って。「ほんまですか~?」って何遍も聞いたら。
「これからいろんなこと。ちゃんとMCとしてやっていくんだったら、色んなこと勉強した方がいいよ」って言って、本。
この本読んだ方がいい、あの本読んだ方がいいとか言って渡してくださったのがいっぱいあって。科学とか数学とか」
鶴瓶「数学得意やねん」
村上信五「そう。もともと数学者になりたかった方だし」
藤ヶ谷太輔「なんか例えばそのMCとかなると、喋りの本とかそういうことじゃなくて…」
村上信五
「全然。なんでも知ってた方がいいって言ってくださって。
ワケわからんで。こんな(厚さの)『虚数の情緒』っていうて。
ホンマ1000ページぐらいある本があんねん。
で、「これ読んだ方がいいから」って言うて、渡してもうたんが35(歳)の時。
で、なんとなくでバラエティふわっとやってたやつ。MCもふわっとやってたやつ。
「あ!これもうちゃんとやらなアカンねや」って思った瞬間。もう忘れもしない」
※『虚数の情緒』(吉田武・著)…「虚数」の概念を軸として、人間の感情や存在の不確かさを描いた独習書
藤ヶ谷太輔「それって(村上君が書いた)『半分論』に入ってるんですか?」
※「半分論」(村上信五・著)…村上信五の思考回路&新・人生論。43年間のエピソードと共に綴られた1冊
村上信五
「本出すねん。僕がもうほんと高槻の幼少期から今現在。思考のその考え方?
僕の思考論であり、ちょっとまあ偉そうですけど、哲学書みたいな。
物事はなんかYES-NOの二元論って考えがちじゃないですか。
でも実は、YESとNOの間に考えられることって山ほどありますやん?って。
まずは何でもシンプルに半分にしてから、その間の余白っていうものを楽しめば…」
鶴瓶「よう書く時間あったな。書くって大変やで」
村上信五
「あの20周年のもうコンサートの合間とかですよ。
ドームの前にちょっと書いて。家帰って…。
だからもうホンマ外出てお酒とか飲んでなかったです」
鶴瓶「お前よう書いたな」
村上信五「いまだに信用してもらえないですけどね、友達から」