デビュー10年目。
2024年TWICE全米ビルボードチャートの1位を獲得した
昨年(2024年)5度目となるワールドツアーでは14か国/27地域をまわり、累計150万人を動員。
2022年ソロデビューアルバムが全米ビルボードチャート一位。
しかし、ここまでに至る道のりは長く険しく、絶望に満ちていた。
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ナヨンが向かったのは、韓国最大の島…済州島
済州島は約120万年前、溶岩の噴出によって形成された。
初めて乗馬に挑戦するナヨンさん
ナヨン
「乗馬は初めてです。超怖い。めっちゃこわい。怖くて震えてます。
馬に乗ったことがなかったので、乗ってみたいと思いました。
でも怖がりなので…。
身体を使うことが得意ではないかも…水泳も苦手ですし。
とにかく怖がりで、今でも水に入れません。
踊りも踊れませんでしたよ(笑)」
練習生となり、デビューまで6年
中学3年生の時オーディションを受け、練習生に…大学に行くという約束で
殻を破るきっかけとなったのは、中学3年生の時に受けたオーディション。
練習生として歌・ダンスを1から積み上げ、世界的アーティストとなった。
努力で勝ち取った。
(スタジオで)
ナヨン「こっそりオーディションを受けたので、母も驚いていました」
今田耕司「じゃあ説得したの?お母さんとかは」
ナヨン
「母は反対というより、大変なことだからと私を説得しましたね。
「わざわざ茨の道を進むことはない」と。
「大学には行く」という約束で、練習生活を許されたんです」
今田耕司「えー。大学にも行ったの?じゃあ」
(うなずくナヨンさん)
ナヨン「メンバーと食事をするのが1番気楽ですね」
デビューからもう10年が経つ。
メンバーとは長い間、共同生活をしていた。
ナヨン「一緒に住んでいた時は、本当によく食事を一緒にしました」
Q.メンバーとの関係を言葉にすると?
ナヨン
「歳の差もあまりないので、「友達」という感じがしっくりきます。
ずっと一緒にいたので、機嫌が悪い時や傷ついたりした時もあります。
でも本当に仲が良いと思います」
互いに高め合いながら、限界を次々と突破してきた。
ダンスの振付や構成も全員で話し合いながらベストを見つける。
ナヨン
「どんな仕事でもメンバーとなら、よりプロフェッショナルにできます」
ソロ活動は今年で3年目
ナヨン
「ソロ活動をするのは私が初めてだったので、怖さもあり緊張もして大変でした。
みんな撮影現場にも来てくれました。メンバーが近くで支えてくれました」
今田耕司「じゃあ、済州島は仕事で行く時っていうのも結構あったの?」
ナヨン「デビューした頃ライブをやりましたし、MVの撮影をしたこともあります」
デビューして1週間で行った済州島でのライブ
済州島で残っている最初の記憶。
済州総合競技場(キャパシティ2万人)を訪れるナヨンさん。
ナヨン
「あそこに舞台がありました。
デビューして1週間ぐらいだったかなぁ?
デビュー後すぐで、初めて飛行機に乗りました。
野外で多くのお客さんの前でやったのは此処が初めてです」
2015年デビュー後間もないステージ。
「K-POPアーティストの登竜門」とも言われる韓国人気音楽番組でのステージに立った。
(ケータイでその時の映像をみながら)
ナヨン
「かっこよく見せようとしてますね。最初の頃、本当に緊張した時は、観客の皆さんを見ずに、ただ焦点を合わせず前を見ていました」
デビューするまで6年:味わった挫折…1度デビューするも、再度練習生に
華々しいデビュー。
しかし、そこまでの道のりは、長く険しく果てしなかった。
挫折を絶望を味わった。
ナヨン「練習生になってデビューするまで6年かかりました」
(スタジオで)
今田耕司「デビューまで6年?長いね」
ナヨン「「もう1度やれ」と言われても、絶対に出来ないですね」
練習生として歌やダンスに励んだ日々。
ナヨン
「練習生を初めて4,5年の時に、グループが決まってデビュー直前まで行ったことああったんです。
ただ上手く行かず、その後1年また練習生に戻りました。
そこから練習生の環境に戻った時は、挫折しか感じませんでした。
頑張って頑張ってデビュー直前まで行ったのに、またイチから始めるのは辛く心が折れました」
どれだけ努力をすれば実るのだろう…。
ナヨン
「これだけ練習してきて此処でデビューできないのなら、「どこに行けば良いのだろうか?」と思いました」
人前に立つことが好きだったわけじゃない
ナヨン
「学生の時は舞台や人に見られることが苦手でした。
歌手になりたいと思うより、好きだから真似をしていた記憶があります。
「辛いからもう辞めたい」と思ったことは、1度もないです」
将来が見えなくなっても、純粋に好きだから続けた。
ナヨン
「どんな仕事でも競争はあります。だけど…「絶対に負けたくない。1番になりたい」と思うと、本当に疲れます。
ベストは尽くしますが、気負わない事ですね」
日産スタジアムで7万人のコンサート…過程を一生懸命やれば結果はついてくる
活躍のステージは年々大きくなり…。
2024年7月日産スタジアム。
日本最大のキャパシティ約7万人の舞台を成功させた。
日産スタジアムで公演した初の海外女性アーティストとなった。
途方に暮れたこともあった。だが、腐らず諦めず、夢を叶えた。
その後訪れたのも済州島だった。
ナヨン
「(舞台は)とても特別でした。
日本のことは以前からメンバーともたくさん話をして、1番大きな公演会場が日産スタジアムでした。
そこで公演できたのは夢のようでした。
私自身、コンサートが終わって体力が回復しなかったのは初めてでした。
エネルギーを使い果たしてしまいました」
心身をいやすため、ここへ来た。
ナヨン
「海の音や鳥の声に癒されます。
時間があれば目を閉じて聞いていました。
公演に関しては長い間ツアーをしていると、ステージで公演しているのが自然な日常になります。
でも公演が終わると、この仕事がどれだけ素敵で大切か気付きます。
この仕事の面白さを再認識できます」
休むことは、すなわち自分を見つめ直すこと。
今度も思い出の済州島で努力することの尊さ、仕事をできる喜びを再確認することができた。
彼女がずっと大切にしている事…
ナヨン「過程をとにかく一生懸命やれば、結果はついてきます」
過程は結果を司る。
ステージでの圧倒的なまでの輝きは、磨き続けてきたからこそ。
ナヨン
「制作の過程の方が楽しいです。
もちろんステージは楽しいですし、本当に心満たされます。
でも、ステージのために準備するのはもっと面白いです」
(スタジオで)
今田耕司
「だから結構ね、色んな人がプロデュースしてみたいなイメージもアーティストによってはあるけど。自分たちで色んなコンセプトも決めていくような」
ナヨン「アルバム制作時にメンバーとどんなモノにしようか話し合い」
今田耕司「この歌にはこの衣装が合うねとか、そういうのも全部やってんの?」
ナヨン「自分たちが見せたい姿について、本当によく話をしましたね」
最後に…新しい自分になるために努力し続ける
ナヨン
「より良いものを作りたいと悩むことが、ストレスになることもあります。
でもそこから多くを学び、成長できるので、制作過程が好きなんだと思います」
練習生として6年、デビューから10年
ナヨン「その時デビューしていたらTWICEではなかったので良かったです」
気負わずベストを尽くしていれば、あらゆる瞬間が成長の糧となる。
人生も同じ。
Q.「過去の自分」と比べることはありますか?
ナヨン
「メチャメチャ比べます。
完璧にできるタイプではないことを自分でよく解っています。
新しい自分になるために努力します。後退してはダメなので。
活動期間が長いとたくさん愛情ももらい、もう満足だと思う方も多いそうです。
ずっとやっていくことは難しいと解っているので、それが目標です。
私を必要としてくれる人がいる限りは」
ナヨンの根底にある魅力は、人柄そのもの。
昨日より今日、今日より明日の自分が最高でありたい。
そのための努力は怠らない。
伸びしろは計り知れない。